第10回中国料理分科会より  
 
 
     
   
  安川哲二氏のプロフィール
1948年福岡生まれ。
1965年に上京、「四川飯店」、「唐人飯店」などで修業の後、「香港飯店」、「大門飯店」、「味の一番」において料理長を歴任。1977年に中国四川料理「龍の子」を開業し、現在に至る。中国料理店のオーナーシェフとしては草分け的存在で、『専門料理』など料理雑誌、TVなどメディアへの露出度も高く、その技術は高く評価されている。料理の研究に余念がなく、中国だけでなくヨーロッパなどにも数多く出掛けて食べ歩く大変な勉強家であり、和洋中に限らず料理界に幅広い人脈を持つ情報通でもある。「料理は愛と気合い!」がモットー。
 
 
 





 平成15年3月27日、第10回中国料理分科会が開催された。今回は「繁盛店のオーナーシェフから学ぶ」をテーマにし、東京・原宿にある中国四川料理「龍の子」の安川哲二氏を講師に迎え、氏の得意とする四川料理から「棒棒鶏絲」「椒麻白霊」「五香燻公魚」「公保鍋巴斑節蝦」「三珍魚翅」「豆漿担担麺」の6品を披露していただいた。

 「龍の子」の人気はオーナーシェフである安川氏の確かな調理技術に裏打ちされた料理の数々によるものであるが、そのアットホームな店作りに加え、新しい料理を顧客に説明しながらセールスし、また要望に応じて味を変化させるなど積極的な姿勢と柔軟な対応を示す氏のキャラクターも見逃せない。また、中国料理に限らず日本、フランス、イタリア料理界のシェフが数多く出入りする店としても有名である。

 講習では氏の料理に対する情熱、繁盛店の経営努力、積極的な営業活動なども垣間見え、活発な質疑応答があった。参加者からは今回学んだ料理は身近なものが多く、レシピは大変参考になると感想が語られ、試食後も個人的な質問が多くあり、講習は盛況のうちに終了した。(レシピの希望者はコンピトゥム事務局まで請求してください)

 

 
 
 

茹で鶏の四川風辛みゴマソース
 
 
 
   棒棒鶏は四川省楽山地区の小吃であり、1920年代に成都に伝えられたといわれる。楽山地区の青神県漢陽鎮一帯にある川辺の砂地では落花生が栽培され、ここで飼育された鶏は肉質がよく、古くから漢陽鶏として有名である。漢陽産の鶏を使った棒棒鶏の味は格別で「漢陽棒棒鶏」といわれる。

 なお、棒棒鶏は、当初、特殊な棒を用いて鶏を叩き、肉の繊維を軽くつぶしてやわらかくしたことから、この名が付けられた。

今回紹介する棒棒鶏ソースはショウガ、ネギなどを使わず、甜麺醤、油辣椒(ラー油の中に沈殿した唐辛子の粉)などを加えたオリジナルで、強烈な辛さがあり、色も黒っぽく、濃厚な味である。

 日本でアレンジされた棒棒鶏ソースは甘みがやや強く、酸味、辛みの中にゴマの風味があり、冷麺のタレ、四川風ドレッシングなどにも応用されている。

 
 
 
 

ワカサギの香料煮
 
 
 
   四川料理には二十数種の調味法があるといわれ、「五香」は数種類の香辛料を使って煮込む伝統的な風味を指す。香辛料は通常、八角、丁子、甘草、肉桂、草果、山椒などから五種類とは限らず用い、複合的な香りや味を作り出している。

 料理名に見られる「燻」は本来、燻製のことであるが、ここでは実際に煙で燻すのではなく、燻製の味を彷彿させる香辛料の風味を指す。一般的な「五香燻魚」は草魚などを切り身にして揚げ、調味料、香辛料で汁気がなくなるまで甘辛く煮込んで作る(四川料理の技法で“炸収”(ヂァショウ)という)が、今回はワカサギを揚げて味をからめる方法で仕上げた。

なお、燻製は茶葉、木の葉、落花生の殻、木屑などと砂糖、八角、桂皮などの調味料、香辛料を燻煙材料として、鶏、アヒル、牛肉などを燻す。四川料理ではクスノキの葉で燻した「樟茶鴨子」が代表的な料理である。
 
 
 
 

アワビ茸の醤油煮山椒ソース
 
 
 
   椒麻は四川料理の冷菜に多く用いる調味法であり、季節的には夏に向く。川椒(四川産の山椒)を使い、強烈な麻(しびれる)の味と山椒の強い香りを楽しむ。

四川料理では椒麻味を始め、麻辣味、怪味、家常味など山椒の風味が欠かせない。なお、四川産の山椒は赤みを帯びたものが新しく、香りが際立っている。近年、未熟の青い山椒も入荷があり、爽やかな香り、味が好まれている。

 白霊(白霊茸ともいう)は本来、天山山脈に自生するキノコで「白霊芝」として珍重されている。食感、色合い、風味がアワビに似ているので「陸のアワビ」といわれるキノコで、水煮の缶詰が一般的に売られているが、最近ではフレッシュも入手できる。水煮した白霊は臭い、アクが強いので米の研ぎ汁を使って茹でるとよい。
 
 
 
 

おこげ入りアカザエビの唐辛子炒め
 
 
 
   「公保」は「宮保」、「宮爆」ともいわれるが、四川料理では本来、「宮保鶏丁」などに見られるように「宮保」の文字が使われる。「宮保」とは人名を冠した料理名で、その由来は諸説あるが、清代に活躍した貴州省出身の官人である丁宝 が(四川総督になり、“太子少保”の称号を得、そこから“丁宮保”といわれた)「爆炒」の技法で鶏丁(鶏の角切り)を調理し、好んで食べたので「宮保鶏丁」といわれた。山東料理では「宮爆鶏丁」という。 

 現在では「宮保肉丁」「宮保蝦仁」「宮保魚」など多くの料理に「宮保」の名がつけられているが、干した唐辛子を炒め、醤油、砂糖、酢などで調味した炒めもの料理を指す。

 
 
 
 

フカヒレと三種珍味の蟹卵煮込み玉葱の器盛り
 
   この料理は玉葱をくり抜いて、その中に小碗を埋めて器にし、野菜の持つ素朴な色合い、形のおもしろさから演出効果を狙う。

 技法的には「蟹黄」「蟹油」「蟹粉」などの名称をつける蟹のソースが決め手になる。蟹は上海蟹の卵でも、渡り蟹の卵でもよいが、ニンジン、蟹肉、白身魚などを加えて増量し、コストを抑えながら独特の色、風味を持たせる。

 今回はフカヒレ、ナマコ、牛アキレス腱を使った高級料理としたが、白菜、ホワイトアスパラガス、チンゲンサイなどの野菜の煮込みに使っても美味しい。
 
 
 
 

豆乳入り冷やしタンタン麺
 
   担担麺は四川の有名な小吃のひとつであり、広く中国全土に知られている。本来、担担麺は汁気のない和えそばで、天秤棒を担いで街を売り歩いていたので、こう呼ばれるようになった。日本ではゴマの風味を効かせた辛みと酸味のあるスープが特徴である。

 「龍の子」の担担麺は最も人気のある商品であり、1200円売りにもかかわらず、オーダーは日に30個は下らないという。その担担麺を夏に向くように冷やしそば風にアレンジした一品である。

 なお、担担麺には四川産の芽菜が欠かせない。芽菜は葉カラシナの茎と葉を漬けて半乾燥品にしたもので、独特の甘み、酸味があって料理の風味を増す。

 
 
 
 
*中国四川料理「龍の子」
創業:1977年
席数:33
休み:日曜 
営業:11:30〜15:00・17:00〜21:30 
平均客単価:昼1,500円 夜\10,000円 
メニュー内容:四川料理。昼はランチ及び麺類で、中でも担担麺は店一番の人気商品である。夜はおまかせが多く、予約が望ましい。
スタッフ:厨房5名、サーヴィス3名
(安川氏は厨房と表の掛け持ち) 
所在地:東京都渋谷区神宮前1−8−5
TEL:03-3402-9419