前回は、コーヒーの生豆の品質をテーマに、
生豆の品質に関わる要件、
さらに、ロブスタの特徴と扱いについて言及した。
今回は引き続きコーヒー生産の7割強を占める
アラビカ種を取り上げよう。

 
 
 
 
 
   
数年前、イギリスのワイン研究家、ヒュー・ジョンソン氏を学校にお招きし、ワイン講座を催した際、学校の先生の「ワインを勉強していくために、まず学ぶべきことは?」という質問に、「ブドウの品種の特性です」とヒューさんが即座に答えたことが、印象に残っている。それまで1時間以上にわたる講義の中で、「ワインは土地の魂を凝縮した滴」「陽光と雨の恵み」など、ワインと土地の絆を強調していただけに、意表を突かれたという感じがあったためでもあるが、自分自身、コーヒーについて品種がキーポイントだと考えいた時で、ヒューさんからお墨付きをもらったような気になったから、そんな理由もあって強く記憶に刻み込まれている。

 コーヒーの風味に品種の違いがどれほど大きな影響を及ぼすのか、少なくとも消費国サイドでその重要性を認識し始めたのは、それほど遠い過去のことではない。その理由は、30年ほど前まではティピカ、ブルボンという2つの優良品種がコーヒー生産の大きな部分を占め、コーヒーの風味の違いに品種というファクターを考慮する必要がほとんどなかったということが大きい。この頃までは「土地とコーヒーの絆」こそが風味の特徴を形成する要因と考えても、まず間違いはなかったろう。

 ブラジルでは1950年代から生産効率の悪いブルボンから改良品種への転換が徐々に行われていたが、70年代に頻発した霜害の影響でコーヒーの生産地帯が移ったことを切っ掛けに一挙に植え替えが進み、ブルボンはマイナーな品種になってしまった。ブラジルに続いてコロンビア、さらに中米の主要生産国でもティピカに代わって、多収穫、耐病、矮小を特徴とする改良品種への植え替えが奨励された。

 品種の切り替えによるコーヒーの風味の劣化は、80年代の中頃には消費国でもすでに広く認識されていたが、経済性を追求する改良品種への切り替えの流れを押し止めることはできなかった。

 しかし、最近、この流れに大きな変化が起こっている。アメリカで15年ほど前から徐々に高品質のコーヒーへの関心が高まり、現在では高級コーヒー(スペシャルティー・コーヒー)は、全コーヒー市場の中で数量ベースで10%、金額ベースでは40%に及ぶ巨大なマーケットに成長した。アメリカに遅れをとっていたヨーロッパ、日本でもこれに呼応する動きが始まっている。一方、生産国側でも高級コーヒーのマーケットをにらんで、再びティピカ、ブルボンへの切れ換えを進めようとしている。


 
   
 
 現在栽培されているアラビカ種の品種は、コーヒー栽培のルーツであるイエメンに由来するティピカ種とブルボン種、そしてその2つの系統に連なるいくつかの突然変異種、交配種から形成されている。

 
   
 
 
 
ブラジルを除く中南米のコーヒーの起源となる品種。17世紀半ばにオランダがイエメンから持ち出した苗木をもとに、ジャワ(1699)→アムステルダム植物園(1706)→パリ王立植物園(1714)を経て、1723年に仏領マルチニックへ移植。ここからカリブ海、中米一帯にコーヒー栽培が広まった。細長い舟形をした大型の豆で、風味の上ではブルボンと並ぶ最優良品種だが、樹が高くなり収穫し難い上、生産性もよくない。高地産のものは香りが高く強いボディを有するコーヒーになり、酸味も強いが鈍重さはない。低地産になるとコクはなくなるが、酸味は柔らかく、豆は肉が薄くなるので焙煎もし易くなる。ジャマイカ・ブルーマウンテン、ハワイ・コナはティピカの優良品の典型的な例。かつてコロンビアはティピカの代表的な産地だったが、90年以降はティピカは第3の品種となってしまった。
 
 
 
   
   
 
フランスが1715年にイエメンからインド洋のブルボン島(現レ・ユニオン島)に移植したコーヒーが起源といわれる。ブラジルに持ち込まれた経緯については諸説あるが、19世紀の初めにはすでに主要栽培種であったことは確実である。 ティピカに比べて小粒で、多少丸みを帯びている。隔年収穫タイプで生産性が悪く、病害虫にも弱い。このため他の品種に植え替えられ、現在ブラジルではマイナー品種になってしまっている。ブラジルのブルボンは果実風の甘みと柔らかい酸味が特徴で、中性のコーヒーといわれるが、グアテマラのように高地に植えるとティピカを凌ぐ強い酸味と重厚なボディを持ったコーヒーになる。中米、ケニア、タンザニアでも栽培され、高級コーヒー市場の拡大に伴って、再び植え付けは増加する傾向にある。
 
 
 
   
   
 
ブルボンとスマトラの交配種。多産で耐病性もあるが、樹高が高くなるのが欠点。ブラジルでは1950年代半ばからブルボンの代替種として導入が進められた。その後カトゥラ、カトゥアイなどの改良品種が投入されたが、現在でも主要品種の一つである。大きさ形状ともブルボンに似るが多少四角い感じの豆。風味のバランスは悪くないが、香りや酸味の質が多少劣る。
 
 
 
   
   
 
ブラジルで発見されたブルボンの変異種。隔年収穫だが多産で耐病・耐寒性に優れる。小粒の丸い豆。ブラジルの他、コロンビアも1960年代の終わりに導入し、現在では主要品種の一つ。コロンビアのカトゥラはブラジルに比べてかなり大粒。ある程度ボディはあるが、鋭い酸味や渋みを呈することがある。
 
 
 
   
 
ムンド・ノーボとカトゥラの交配種。多収穫で樹高も低く、病気にも強い。1980年頃からブラジルで作付けが始まり、中米にも積極的に投入された。外見上はカトゥラとの区別は難しい。中米では角形をした豆が多い。ブラジルではブルボンに比べ、風味は劣るが、中米のものはブルボンと遜色のない品質のコーヒーもカトゥアイから生産されている。
 
 
 
   
 
カトゥラとティモールの交配種。非常に多産かつ耐病性に優れた品種。大粒で丸いものが多い。1980年頃からコロンビアで積極的に導入され、現在では生産量は最も多い。独特の苦味・渋味を呈し香りもよくない。メデリン地区等の最良の生産地区から植え替えが進んだため、コロンビアのコーヒーの品質劣化はいっそう際立つことになった。
 
 
 
   
 
ティピカの変異種といわれ20世紀の初めにインドで発見された。中粒の角型の豆で、ケニア、タンザニアなどアフリカ諸国の主要品種の一つ。ケニアの例で見る限りブルボンに匹敵するボディと良質の酸味を有する優良種。
 
 
 
   
   
 
ブラジルで発見された突然変異種。アラビカ種の中で最も大型。中南米で広く栽培され、ふつう品種名で流通する。酸味、コクとも薄く、大味と評されることが多い。
 
 
 
  次回は品種の知識をもとに各生産国のコーヒーの特徴を述べたい。
(写真提供:バッハ・コーヒー)
<辻料理教育研究所 山内 秀文>