菊川さんは静岡県三島市の製菓店の3代目。現在は店舗を4軒に拡大し、本格的なフランス菓子を地域に根づかせたいとご活躍中です。
 

 

 

 

 

 

 

―菊川さんのご出身は静岡ですが、当時は大阪にしかなかった辻調グループ校を選ばれたのはどうしてですか?
なんといってもテレビの「料理天国」ですね。僕らの年齢で調理や製菓に興味のあった人間には、あれしかメディアがなかったですから。
 辻製菓に入ってみると、家の職業など関係なく本当に製菓をやりたい人ばか りが集まっていて、そういう人たちと知り合えたことが良かったなと思っています。
―その後、フランス校にも製菓2期生として進学されました。フランス校を志望されたのはどんな理由からですか。
洋菓子をもっと掘り下げて専門的に勉強したかったんです。
 当時のフランス校製菓コースは人数が少なくて、ボゲ先生とほとんどマンツーマンの授業でした。僕は最初からスタージュ(実地研修)に行くつもりだったので、現場の仕事を想定して授業を受けました。今の学生はおとなしいみたいだけど、僕らはもっとやんちゃでした。自分の仕事のために釜の取り合いしたりとか。フランス校の同期はみんなこの世界で生き残っています。
―フランス校、スタージュを経て、帰国後の就職先は東京の「オー・ボン・ヴュー・タン」ですね。
はじめ就職は関西を考えていたのですが、東京で辻調の元先生に偶然お会いして、その時これも偶然河田さんのところに空きがあることをうかがい、「日本一厳しい人の店」と聞いて早速面接してもらいに行きました。入れてもらってからはフランスそのまんまのやり方が居心地よくて、僕は4年いました。フランス校の卒業生の就職先は、こんな風に派手さはなくてもしっかりフランスのやり方でやっている店がいいと思います。
 独立する気なら、ステップアップのつもりで最初は厳しい店に入るほうがいいと思います。最初に甘えてしまうとずるずるいってしまうでしょう?僕の場合、フランス校、スタージュ、「オー・ボン・ヴュー・タン」と、行った先が良かったと思います。その度にぺしゃんこにされて、河田さんのところでも「なんだフランス校もその程度か」と。それでまた勉強するんです。
 それから、やはり都会の店ですね。1軒目で基本を覚えることが大事ですよ。数年働いている人でもアングレーズなどの基本もできないという人もいます。でも、その人が悪いわけじゃなくて、誰も教えてくれなかったんだから仕方ないんですよ。そうやってぺしゃんこにされてやめる人もいますし、若い子に混じって最初から勉強し直す人もいます。そういう人をたくさん見てきました。
―その後リヨンで修業されてから、静岡で家業を継がれました。3代目としていろいろご苦労があったと思います。
自分の仕事を親の代の職人さんにしてもらうのは難しいですね。最初から僕のやり方を教えればいいんですが、他のやり方を覚えていたら変えられませんから。そこで、自分のメニューを自分でやって、売れるようになったら自分のスタッフを自分で雇う。そうやって少しずつ変えていきました。昔からいる職人さんも僕のお菓子はおいしいと言ってくれるんですが、でも最初からやり直すこともできないんで、話し合って退職とか、喫茶に移ってもらったりしました。
 メニューの入れ替えには2年ほどかかりました。父とも最初はけんかばかりでした。小さくて高いケーキは田舎では売れないという固定観念がありますから、「よりよい材料でよりおいしいもの」より「いいものをできる限り安く」ですし、仕事の合理化にしても、とにかくスタッフより早く起きて最後まで仕事をするといった人なんです。
 父は早く手をひいて僕に店を任せてくれましたが、僕も、おいしく作れば売れるとか、自分だけがやるより人にもやらせたほうが効率があがるとか、そういうのを数字で出して見せました。お客さまにも最初は「味が変わった」と言われましたが、「まあ孫に買ってやろう」とか言って買ってくれます。すると次は子供さんが買いに来てくれて、という感じです。お客さまも啓蒙しながら、地域のレベルをあげていきたいと思います。地域のレベルが低いと量販店が進出してきますし、これには値段で勝てないから、やはり腕を磨くしかないです。
―現在スタッフの育成はどんな風にされていますか?
「仕事は詰め込んでやれ」ということ。仕事を時間内に終わらせることも腕のうちだと思います。2人でやると中身が薄くなるので、ひとりひとりに仕事をもたせています。ていねいにおいしいものを作ればいいというのではなく、仕事量と時間をきっちり決めてそれをこなすことを要求します。「できるだけものを残さない」というのもそうです。フランスでは当然のことですが、スタッフには「捨てるぐらいならお客さまに食べてもらえ」と言ってます。
 それぞれが担当の仕事を持っていると、「自分の店」「自分の菓子」という意識になります。独立はその延長上です。
 スタッフにはいずれは独立しろと言っていますから、自然にそういう人が集まってきます。独立志向のない人間はうちでは続きませんね。数ヵ月でやめる人もいます。経営の話もよくします。銀行から金を取ってくるのも腕のうちだとか。オーナーシェフになるならそういうことも覚えなくてはなりませんから。
 独立の話となると、女の子はなかなかしんどいようです。体力的なことよりも結婚やなんかでやめてしまうことが多いです。本人がやりたくても、親が「そろそろやめさせたい」と言ってきたりするんですよ。うちは相談してくれればそれなりのシフトは組みます。フルタイムが無理ならパートでもいい。せっかく技術を持ってるんだから続けてほしいですね。
―従業員数は何名ですか。また本校のOBは何名いますか。
24人中6人が辻製菓の卒業生で、ほとんどが製造に入っています。卒業生は僕と同じことを勉強しているのでやりやすいです。レベルが高いし、給料を1、2万高くしても辻製菓の卒業生を採用するほうが役立ちます。地元の専門学校からも採用していますが、うちに入ったら勉強し直しです。フランス語で菓子名を書くところから違いますから。その子が悪いわけではないんですけど、仕方ないですね。うちはそういう理由で(辻製菓以外の子には)厳しいから、バイトで試してみたら?と言うんですが、やる気のない子はすぐついていけなくなります。がんばってる子ももちろんいますよ。でも(他の)専門学校を出てからだと遅いんです。高校生のときに相談してくれたら、「辻に行きなよ」って勧められるんですけどねえ。
―現在は大阪と国立で母校の教壇に立ってらっしゃいますね。今の学生をどう思われますか?
辻の学生は地元の専門学校に比べて非常に熱心です。国立からうちの店に食べに来る学生もいました。僕は、お菓子の作り方だけじゃなく、先輩として勉強方法や就職の相談をしてもらえればいいと思っています。フランス校に行くメリットとか、食べ歩きの店の選び方とか、就職先で迷っていることとか。学校に授業にいくときに、うちのスタッフを助手で連れていってもおもしろいだろうと思います。トップに立った人ばかりではなく、1年、5年、10年後の先輩の姿が見られるような授業があってもいいんじゃないですか。卒業生が同じ職場にいるとわかれば店にも行きやすいだろうし、近い目標になって励みになると思います。
―コンピトゥムに期待されることがありましたら、お聞かせください。
もっと卒業生同士が交流できるようになるといいと思います。僕の知っている同期の人でも、オーナーになっていても学校に連絡していない人がたくさんいます。
 それから、フランス校の20周年ツアーではいろんな年代の人と会えましたし、料理の世界の人といっしょに食べ歩きに行ったりして、勉強になりました。僕らも料理人の人たちをケーキ屋やパン屋に連れていって、楽しんでもらえました。今回のツアーのような交流がもっとあればいいですね。
―菊川さんのこれからの夢は?
今までとんとん拍子に進んできましたから、これから2、3年は足元を見直してきっちり固める必要があると思います。店が増えてスタッフに目が行き届かない部分もでてきていますから。店はこのままのスタイルで続けて、地域一番の製菓店にしたいです。そして、いずれは東京都内に店を出したいですね。都内のお客さまにはしっかりしたものをしっかり出せますから、そこで勝負してみたいです。