サミット料理が出来上がるまで
えっ、なんやて!サミット?首脳晩餐会??
沖縄で???辻調が????


正月気分も抜けきらない2000年1月の初め、この話が飛び込んできた時はこんな印象でした。最初にもらった情報は、「沖縄の食材を取り入れること。基本はおいしいフランス料理。持ち時間は1時間半。場所は真夏の首里城」、ということだけ。 さあ、ここからが大変。厨房はどうする、何人必要か、などなど、前例がないだけに問題は山積み。終点の見えない闘いが始まりました。
ともかく沖縄へ飛んで食材探し。「沖縄の台所」と呼ばれ、様々な食材の宝庫である牧志市場、それから沖縄の魚が集まる泊(とまり)漁港へ。魚屋さん、八百屋さん、珍味屋さんをつぶさに見て歩き、地元の方の協力も得られて、様々な食材を見つける事ができました。魚料理で使った有名な豆腐ようのおいしいものを探していたら、「これが沖縄で一番おいしい」というものが次々出てきたのには笑ってしまいました。
 また、琉球料理のお店をされている山本彩香さんや、那覇市内でお店を開いている卒業生の小橋川嘉哲さん(調理21期生、フレンチレストラン「koba’s」)、玉利朝輝さん(調理22期生、「レストラン・ローマ」)に食材の話を聞いたり、さまざまなアドバイスもいただきました。
こうして見つけた食材を次々と大阪へ送り、料理の試作が始まりました。沖縄の食材は独特なものが多く、これらをいかにフランス料理に組み入れるか、が一番の難題でした。どの食材にどんな調理法が合うのか、試行錯誤の連続です。 たとえば沖縄独特の魚、グルクン、ミーバイ、アカジンなどを、ムースにしたり、蒸したり、焼いたり、紅芋、島らっきょう、にがうりといった野菜、豚の耳やすね、挙げ句に海ヘビまで登場して、西洋料理研究室は沖縄料理屋さんの厨房と見間違う状態に。
 しかし、試作を繰り返すうちに、なんでもフランス料理に組み入れるには無理がある事が分かってきました。料理の食感や香り、色が変化して、フランス料理のもともとのおいしさを壊してしまうのです。これらの食材を使う事によってよりおいしくなるものを見つけることが、沖縄の食材でフランス料理をつくる意味だということです。
一方、料理と並行して器探しもしなければなりません。器にも沖縄の文化を盛り込もうということで、アミューズ用の器は琉球漆器の「紅房」(べんぼう)の山城さんにお願いして、沖縄の県花デイゴの木をくりぬいたものに漆を塗ったユニークな器を作っていただきました。
魚料理の器は那覇の国際通りでピンとくるものを見つけ、早速、読谷(よみたん)村に作者を訪ねました。それが玉田彰さんの青風(せいふう)窯でした。「玉田さんの器にフランス料理を盛りたいのですが」と相談し、大阪に帰ってから依頼を決定。その頃、玉田さんに沖縄県からサミットの話が内々に伝わり、ご本人もびっくりしたという偶然がありました。
位置皿やデザート用の器は、壷屋陶器事業協同組合理事長の新垣勲氏に大変お世話になりました。位置皿には、那覇市伝統工芸館に展示してあった「小橋川清秀」作の皿を使いたいと思い、新垣氏に相談したところ、ご本人は亡くなっておられ、息子さんの「清正」氏とお孫さんの「卓史」氏に再現していただきました。ブラン・マンジェの茶器は、壷屋の9人の作家さんにお願いし、期待通り個性あふれる作品が揃いました。このように、器に関してもたくさんの沖縄の方々にお世話になりました。感謝!
器と料理がほぼ決まると、次に待ち受けていたのは、数回にわたる試食会。まず6月1日、東京飯倉の外務省公館で関係者に、7月1日には校内で職員相手に練習を兼ねた試食会を行いました。さまざまな意見を謙虚(?)に受け止め、いくつかの手直しを加えた後、7月7日に、晩餐会のホスト役である森首相夫妻の試食会を行いました。ここで正式に首相からゴーサインをいただき、いよいよ盛り上がって沖縄入りをしました。
数日後の7月15日には、首里城の催しも含めた全体のシミュレーションが行われ、当日と同じ進行で料理を作りました。協力してくださった陶芸家の方々も招待され、本番と同じ材料、器で召し上がっていただきました。実際に首里城で自分の作品に盛られた料理を味わい、感激してくださったようで、料理人として嬉しい事でした。
そして、7月22日。いよいよ本番を迎えました。半年以上かけて準備し、何度も繰り返し練り上げてきたものを完成させるときです。ここで結果を出さなければ、今までの努力は水泡に帰すのみ。失敗は許されません。スタッフ全員がこの瞬間だけに意識を集中し、120%の力を出して臨みました。おかげで、ハイテンションにもかかわらず、これ以上ない舞台で、とても落ち着いて取り組むことができました。完成度の高い、満足のいく料理とサーヴィスを提供することができたと思います。
各国首脳陣を見送った後、辻芳樹校長が調理場に戻ってきて、興奮を抑え切れないように発した「大成功!」の一言と力強い握手は、そのときの調理場全体の気持ちを代弁していました。その時、我々一同も、大仕事を成し遂げた満足感と確かな手応えを得たのでした。

<フランス料理主任教授 西川 清博>
 
  ●イタリア研修記