山と生きる。その価値を伝え続けていきたい。

山と生きる。
その価値を伝え続けていきたい。

  • 2023.06.06
    • 卒業生
山菜料理 出羽屋 主人
エコール 辻 東京 2012年卒業

佐藤 治樹さん

山形県西川町出身。東京の大学で経営や観光を学問的に学び、料亭やホテル、広告会社などで実践経験を積む。大学を卒業してからエコール 辻 東京へ進学し、卒業後に『出羽屋』に入る。思った以上に山菜料理が忘れられている現実を目の当たりにし、焦りを感じながらも夫婦で経営を模索していく。現在は四代目として、シェフズテーブルをはじめとした様々な取り組みに挑戦している。

「いずれ継ぐだろうなと小学生の頃から思ってました」
優しげな表情でそう語るのは、出羽屋の四代目である佐藤さんだ。

 出羽屋は月山の麓に佇む山菜料理発祥の宿で、今年で創業93年を迎える老舗だ。佐藤さんの祖父にあたる二代目が山菜料理という文化をつくりあげたそうだが、以来、山の食材を中心に四季折々の料理を山形で提供し続けてきた。

「昔から祖父を料理人としても経営者としても尊敬していました。山菜に関することはどんなことでも答えてくれましたし、祖父を慕って多くの人が出羽屋に出入りしていました。80歳まで包丁を握って現場に立つ祖父は、僕の憧れの存在だったんです」

「山菜料理は素材の持っているポテンシャルを120%引き出すような料理ではなく、素材そのものが持つ個性をじんわり楽しんでもらうもの。追求しているのは、贅を尽くした美食よりも山とどう生きるかなんです」

 山と生きる。この言葉からは、美しさや懐かしさと同時に、厳しさも感じられる。山と生きる人々は、その恵みをいただくだけではなく、守り共存していかなければならないからだ。自然や生態系を守るといえば大袈裟に聞こえるかもしれないが、日々、佐藤さんは山と向き合い、どう生きるかを考えている。

 たとえば、山菜を採ることひとつにしても、佐藤さんは自分だけでは採りに行かず、必ず山菜採りの名人と一緒に山へ入るようにしている。プロの方が知識も経験も豊富だからという側面もあるが、それ以上に山菜の採り手を途絶えさせないために敢えてそうしているらしい。木こりが不要な木を伐採して山を手入れするように、定期的に山菜を採ることも山の手入れに繋がっているため、採り手がいなくなってしまうと山は荒れてしまうのだ。

山の恵みの象徴でもあるきのこ。どれも大ぶりで珍しいものばかり

「でも、僕が辻調を卒業して出羽屋に帰って来た時、想像していた以上にお客さんから山菜料理が忘れられていました。これはまずいと思いましたね」

 2018年から妻の悠美さんが本格的に出羽屋の仕事に従事するようになり、二人三脚で出羽屋を盛り立てながら、佐藤さんは「山と生きる」ことへの思いを伝える切るために新しい挑戦をはじめる。

大人気のシェフズテーブル。目の前で山菜料理を仕立ててくれる臨場感と
食材にまつわるさまざまな会話を楽しめる

 それが、1日1組限定のシェフズテーブルだ。山菜料理は、いうなれば究極の地産地消。その営みのすべてをお客さんに伝えるためには、目の前で料理をしながら丁寧に会話をしていく必要があると佐藤さんは考えたのだ。その思いは多くの人に響いているようで、シェフズテーブルは連日予約で埋まっているそうだ。

仙人の霞といわれる「木生海苔(きぶのり)」をくるみ味噌で和えたもの
木生海苔は苔の一種で霞を食べているような不思議な食感がする

「僕一人ではお手上げだったと思います。妻が経営の舵取りをしてくれたおかげで、僕は現場に立っていられるんです。弟も畑をやりながら調理場にも立ってくれて、ようやく全員の歯車が噛み合ってきた感覚があります」

一般的にアケビは中のわたを食べるが、山形では皮ごと焼く文化がある
何ともいえないほろ苦さがきのこと良く合う

 畑では様々な野菜が育てられていて、どの野菜も生命力が強く、味も濃い。丁寧に手を掛けて育てている証拠だが、山が育ててくれた山菜とともに、出羽屋の味を支えている。お米も昔からつながりのある地元農家さんが育ててくれたものを使っていて、土地の恵みを存分に生かした料理がたのしめる。

 フードロスなんていう言葉がなかった時代から、雪深い山形には塩漬けの文化があり、食材を大切にする習慣がある。暮らしの中で自然にやっていたことが、最近になって改めて価値を持ち始めているのだ。ただし、昔の文化をそのまま継承すれば良いわけではなく、時代に合わせた工夫も必要だと佐藤さんはいう。

ニンジン染めしたテーブルナフキンや
食材の端材を漉き込んでつくった折敷代わりの和紙など、
何気なくやっていることが自然とサステナブルに繋がっている

 そのひとつが、若女将の悠美さんがつくっている「出羽屋通信」だ。食材や山のこと、日々の暮らしについてなど、出羽屋のありのままをコラムにして発信することで、自然に生かされた営みを知ってもらい、その価値を未来へと繋いでいこうとしている。

「妻は広告代理店をやっていたので、時流をキャッチして情報発信するセンスやスキルに長けています。多くの人に出羽屋のこと、山菜料理のこと、山のことを知ってもらって、本物に出会う体験をしてもらいたいです」

出羽屋のある西川町。山々に抱かれた豊かで美しい風景が広がる

 他にも食育や体験プログラムなど、さまざまな方法で「山と生きる」を感じてもらおうとしているそうだが、一度でも出羽屋に触れた人は、その価値や滋味の深さに心を打たれ、必ずまた「山へ行きたい」と思うようになるだろう。

主人の治樹さん、若女将の悠美さんを中心に
全員が生き生きとした表情で働いている
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