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コラム&レシピ
セパージュを飲む
vol.3 ピノ・ノワール種(後編)

 さて、冒頭でぼくは、「ブルゴーニュ以外では、傑出したピノ・ノワールは絶対に出来ないと思われてきた」と書いたが、それは、あくまでも「赤ワイン」というジャンルに限っての話である。
 シャンパーニュ地方では、ピノ・ノワールはシャルドネと並んで、欠かすことの出来ない高貴品種である。
 白葡萄のシャルドネだけでつくられた「ブラン・ド・ブラン」の切れ味も悪くはないが、切れ味と深みを兼ね備えた伝統的なシャンパンの味わいは、ピノ・ノワール抜きでは絶対に実現できないものである。
 同じくシャンパーニュ地方のブージィ村で古くからつくられてきた赤ワインは、赤と思えばどうでもいいような赤ワインだけれど、ロゼだと思えば、実にしっかりとした個性をもった、おいしいロゼである。ロワール地方サンセール地区の赤も同じで、ただし、この地区ではロゼと赤の両方をつくっているので、話がややこしくなる。彼らが赤だと称するものは、ぼくらの目と舌にはロゼだとしか思えないし、ロゼは本当に薄い色で、酸味の穏やかな、色の濃いめな白ワインのような趣きがある。
 ドイツのシュペート・ブルグンダーでは、長いことラインガウ地方のアスマンスハウゼン村のワインが最も有名だった。ほのかに甘味を残した、明るい色のフルーティなワインで、やはりロゼだと思えば、こんなに魅力的なロゼも珍しい。もっとも、最近のラインガウでは、地球温暖化の影響もあるのか、本場ブルゴーニュに匹敵するほどに色の濃い、完全な辛口に仕上げた見事な赤もつくられ始めている。
 イタリアのピノ・ネロは(それが一般的なことかどうか良くわからないのだけれど、少なくともぼくが見た限りでは)、秋に真っ赤に紅葉する畑が多いような気がする。
 この葡萄の本来の紅葉は、赤ではなく黄色である。ブルゴーニュの丘が「コート・ドール」つまり「黄金丘陵」と呼ばれているのは、その黄葉の色に由来している。
 しかし、リーフロールなどのウイルス病に罹患すると、あにはからんや、びっくりするほどに鮮やかな紅色に色づくのだ。
 ただし、この紅葉は、健全な黄葉よりも早く始まるため、果実の完熟を阻んでしまう。この国のピノ・ネロに、酸味の高めな、タンニンの青い印象のワインが多いのは、そのためではないかと思うのだが、勝手な思い込みだろうか。
 ちなみに、ぼくが取材した醸造家は、ウイルス病に特有の特長を、ピノ・ネロの「繊細な美しさ」だと捉えていて、
「この長所を生かすためには、醸造の際に、処女を愛撫する時のように優しく気をつかってあげなければならないんだ」
 と語っていた。
 誤解のないように言っておくが、彼がつくったピノ・ネロは、確かに繊細で美しい風味に仕上がっていて、(ブルゴーニュの偉大なワインと比べようなんてことさえ考えなければ)、なるほど、これはこれで、ひとつの完成形だなと感心させられるようなものだった。
 さて、ピノ・ノワールという葡萄は、伝統的にちょっと変わった醸造法でワインに醸されてきた。
 房をつぶさずに、まるごと醸造槽に入れてしまうのだ。
 そして、当初は、自然につぶれてたまり始めた果汁を、下から抜いて、上からシャワーのようにかけ回してやる。
 こうすることで、葡萄がカビたり腐敗したりするのを防ぐわけだ。そうこうする内に、果汁が本格的な発酵を始める。
 そうなると、タンクの中には炭酸ガスが充満し始め、葡萄はこの炭酸ガスの泡の中に漬け込まれた状態になる。しかし、自然につぶれた果汁だけでは、間もなく発酵が下火になってくる。それを待って、醸造家は、ほんの少しだけ葡萄を突き崩し、果汁を追加してやるのだ。
 すると再び、発酵が激しくなる。
 しかし、突き崩した葡萄は、ほんの少しだけなので、すぐにまた発酵は下火になる。そうなったら、また突き崩す。
 この作業を、完全に葡萄がつぶれて、もはやどんなにつぶそうが発酵はそれ以上進まない、という状態になるまで繰り返すのだ。
 カベルネ・ソーヴィニヨンのように、もともと皮の色も濃く、タンニンも豊富な葡萄なら、こんな面倒な醸造法は必要ない。
 しかし、ピノ・ノワールは、皮の色素もタンニンもさほど豊富とはいえない葡萄である。
 そういう葡萄から、充分な色と香りとタンニンを引き出すために、先人たちは、こういう手間暇のかかる醸造法を編み出したのだ。
 こうして伝統的な醸造法でつくられたワインは、恵まれた年には、しっかりとした骨格をもつ長寿なワインになるが、あまりいい年でないと、せっかくの果実味が飛んだ、渋さばかりが目立つワインになりやすい。その上、たとえ良い年のものでも、若いうちには本来の魅力が表面に出て来にくく、飲み頃になるまでに最低でも5・6年は待たねばならない(時には、15年以上も待たねばならない)という、やっかいな性格を持ちがちである。
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