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コラム&レシピ
●青花玲瓏の器 
 中国の小説に『美食家』(1982年)がある。蘇州を舞台に文化大革命をはさんだ時代背景の中、ブルジョワの美食家と、その家の一角を借りて仕事を手伝うプロレタリアの主人公との人間模様を描いているが、食べものの記述が微細にわたり、大変興味深い。その一節に次のような場面がある。
 
 東の部屋についたとたん、みんなは一瞬、目がくらみそうになった。ならべられた宴卓の華麗さにあっけに取られてしまった。
 純白のレースのテーブルクロスのうえに、セットになった精巧な青磁の食器がおかれ、青色でふちどった淡い青地のなかに透かし彫りの花紋様が秘められ、まるで空を彫ったような、いまにも水が漏れそうな、透きとおった輝きを発した。
 テーブルのうえに花はなかったが、十二の冷盆<レンペン>が十二輪の花そのもので、赤黄青白のさまざまな色彩がいりまじっていた。・・・・・・
(陸文夫著・陳謙臣訳。松籟社1987年)

 この中で描写されている食器は、日本で通称「ホタル焼き」といわれる中国景徳鎮の青花玲瓏<チンホアリンロン>である。テーブルの中央には、十二種類の前菜が並べられ、青花玲瓏の取り皿、チリレンゲなどが周囲に配されているのであろう。今では普通のテーブル・セッティングといえるが、文革の時代には考えられない豪華さだったに違いない。
 青花玲瓏は、青花(日本でいう染付)と玲瓏(透かし彫りの一種)を組み合わせた装飾の磁器で、景徳鎮の伝統的な製品である。解放後の景徳鎮では、日用品としての青花磁器が大量生産されているが、中でも青花玲瓏は中国、香港、東南アジアなどの料理店、家庭でも広く使われ、今日まで親しまれている。
 近年における中国料理の器は、この青花玲瓏から始まったといっても過言ではないだろう。
     
 
青花玲瓏の器
北京「家菜」の前菜10種(450元のコース料理から)。家庭的な雰囲気の店内は、質素で飾り気がなく、テーブル・クロスもビニール製であった。2002年の撮影。
  香港「福臨門酒家」では長年、青花玲瓏の器を使っていたが、今は「福」の文字をロゴにしたオリジナルの白磁を用いている。写真の料理は、皇四頭網鮑(干しアワビの煮込み)。1980年代の撮影。
     
 青花玲瓏を使う店では、次の二軒が印象深い。北京の「家菜」は、ご主人の祖父が西太后の食事を管理する官僚だったということもあり、清末期の宮廷における秘伝のレシピを持つ。店は、胡同の典型的な建築様式「四合院」の家屋を利用しており、その意味では私房菜(プライベート・レストラン)といえる。予約制で1人200元から2000元までのコース料理があり、その特徴ともいえる十種類の前菜が青花玲瓏の小皿に盛って出される。
 もう一軒は、香港の広東料理店「福臨門酒家」で、干しアワビ、フカヒレ、海ツバメの巣など高価な食材を使った招牌菜(スペシャリティ)の数々が、ごく最近まで青花玲瓏の器に盛られていた。20数年来、福臨門の高級料理と廉価な器のギャップに、それほど違和感を覚えなかったのは、味のよさだけでなく、趣のある店内によるものだったかも知れない。福臨門、家菜には、いずれも高級店にありがちな華美な盛り付け、飾り気などは微塵も感じられないが、味本位の実質主義を貫く姿勢は中国料理の真骨頂を発揮している。




●新派中菜(ヌーベル・キュイジィーヌ・シノワーズ)と器 
 香港は、著しい経済成長とともに1970年代後半から80年代にかけて中国料理のエポックを迎えた。「東海海鮮酒家」、「麒麟閣」などが提唱する新しい広東料理が台頭し、「新派中菜<シンパイチュンツァイ>」の定着によって、香港の中国料理は大きく変化した。世界各地の食材、東南アジアのテイストなど料理のボーダーレス化が進み、欧米のインテリア、サイド・テーブルを活用したサーヴィスなど、食卓でのパフォーマンスも重視するようになった。
 その後、香港の有名ホテルでは、ザ・リージェントの「麗晶軒」、ザ・ペニンシュラの「嘉麟楼」、ハイアット・リージェンシーの「凱悦軒」など新しい感覚を取り入れた中国レストランが次々と誕生し、洗練された料理と充実したサーヴィスで、ハイソサエティーに属する香港人、外国人観光客から高い評価を得るようになった。その先駆けがホンコン・ホテルの「麒麟金閣」といわれ、イギリス陶磁器「ウェッジウッド」を用いたことでも着目された。
     
 
イギリス陶磁器「ウェッジウッド」 
ウェッジウッドの敷き皿に盛った新感覚の広東料理。ココナッツを繰り抜き、中に魚介類を入れてカレー風味のグラタンにした一品。香港「麒麟閣」のメニューブック(1987年)から。
  翡翠のテーブル・セッティング
香港、ザ・リージェントの「麗晶軒」では、箸と箸置きが頻繁に紛失したので、しばらくするとプレートだけになっていた。現在、ザ・リージェントはインターコンチネンタルホテルになっている。
     
 香港での斬新な試みは、中国料理のテーブル・セッティングにも現れた。1984年オープンの「麗晶軒」は、九龍サイドからヴィクトリア港を一望できるという素晴らしいロケーションもあったが、翡翠を用いた角型のプレス・プレート、スプーンと箸置き、それに象牙の箸でテーブルを飾り、日本人観光客の間でも話題になった。その後、グランドハイアット香港の「港湾一號」では、イタリア陶磁器「ジノリ」を使うなど、高級感溢れる演出が流行した。
 中国料理が大皿盛りからの脱却を図り、中華食器から洋食器に移行することで器の選択肢を広げ、盛り付け、サーヴィス方法は多様化する時代に入る。香港のホテルでは、ホテル利用の外国人観光客のニーズに合わせ、またフランス料理からの影響もあって、中国料理も一人用のポーションで提供することが新潮流となった。
 一方、中国でも90年代以降は、料理店の民営化が急速に進む中で、中国広東省を皮切りに「新派中菜」は中国全土を席巻する勢いとなった。上海、北京などの大都市では、香港の影響と外資系の進出で、フュージョン系を含む中国料理の新しい店が数多く出現し、高級店では青花玲瓏などの中華食器が姿を消し、様々な形の洋食器が使われるようになった。


●中国料理と洋食器の調和 
 1999年、北京の「釣魚台国賓館」で食事をする機会を得た。テーブルの上には花が飾られ、銀製の飾り皿、箸、ナイフ、フォークがセットされ、すでに四種類の小菜(アミューズ)が、それぞれ対面するように八皿に盛られて色彩を添えている。最初に五味冷盤(冷菜の盛り合わせ)がガラス皿で一人ずつに出され、続く料理もすべてワンポーションでサーヴィスされた。その日の器は、景徳鎮の青花磁を中心に構成されていたが、コースによっては洋食器と組み合わせることも多いと聞いた。
 
  中国の青花磁
北京「釣魚台国賓館」にて。器は一般的な景徳鎮の青花磁で、周囲に木瓜(ボケ)の花の文様を施している。料理は、駝掌(ラクダの掌の煮込み)。
 中国ではホテルや高級料理店だけに限らず、一般的な店でも洋食器を使うところが増え、サーヴィスの方式も欧米化してきている。店によっては器と料理、インテリアとのミスマッチに首を傾げるものもあるが、中国では今日のニーズに応えるべく、品質のよい、デザインも欧米、日本などに倣った新しい洋食器を生産し始めている。
 器の品質は料理に応じたものを使いたい。現在、日本の製陶メーカーでは、従来の丸皿、楕円皿など洋食器が持つ概念や枠にはまらない独創的な素材やフォルムで、デザイン性の高い器が多く見られるようになった。しかし、一方で器は消耗品として考えておく必要性もある。例えば、大人数に対応するためには同じ器を多く揃えなければならないので、業務用では常に補充できることも大切な要素であり、その価格も問題になってくる。
     
 
日本のボーンチャイナ
偏平の深皿。日本の新しい磁器には、ラウンドリム(渦巻き型)、スクエア(四角形)、オーバル(卵形)の皿など、多種多様の形がある。器は、ナルミボーンチャイナ。岐阜「開化亭」にて2006年の撮影。
  西洋の青花磁
ロイヤルコペンハーゲンの青花磁。ヨーロッパの製陶メーカーには、中国料理用として各種アイテムをオーダーメイドできるところもある。
     
 中国料理の器は、白色を中心にシンプルな文様の青花磁などが扱いやすく、飽きもこないので好まれているが、個人的には豆彩(闘彩)など中国の絵付けをアクセントとしてリムに施した、上品なデザインの洋皿があれば使ってみたい気がする。 また、ベルナルド(フランス)、マイセン(ドイツ)、ロイヤルコペンハーゲン(デンマーク)などヨーロッパ磁器は、デザインの優美さだけでなく、白磁の透明感が素晴らしく、盛り付けた料理の価値を高めてくれるだろう。
 中国の古語でいう「美食不如美器」は、古今東西の料理に通ずる言葉である。


※釣魚台国賓館
 釣魚台は外賓を接待する中国最高の施設であり、広大な敷地内には19棟の別荘風建物が点在し、それぞれの場所で会食、宿泊ができる。コースは中国料理と西洋料理、その折衷の料理があり、一般の外国人客も予約(利用できる棟は限られている)をすれば接待してくれる。  
     
 
玄関   敷地内の建物
 
 

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■主任教授の知識を盗む Vol.2「日本料理の料理観 その2」畑 耕一郎 日本料理主任教授
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