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コラム&レシピ
 
 中国の陶磁器は有史以前より発達し、宋、元、明、清代を通じて、その技術は世界の最高水準にあったことは周知の通りである。現在では清乾隆期以前のものは、もはや博物館で確かめるしかないが、料理の美観、食卓の演出など器の果たす役割は大きい。
 その一方で、中国料理は味本位で実質的なものを求める傾向が強く、日本料理などに比べると器、盛り付けは繊細さに欠けるといわれてきた。しかし、1970年代後半に香港で流行した新派中菜<シンパイチュンツァイ>(ヌーベル・キュジィーヌ・シノワーズ)を起点とし、料理のボーダーレス化に拍車が掛かり、中国料理の器、盛り付けに対する概念は大きく変わってきている。
 中国料理では、どのような器が使われてきたのか、また器に対する考え方はどのようなものであったか、近年の中国料理を顧みながら料理と器について探ってみたい。



●『随園食単』の器と料理 
 本題に入る前に、その進化の過程として伝統的な中国料理の器について触れておく必要がある。清代の貴重な食経である『随園食単』には「器具須知(器具を知ること)」の項があり、器と盛り付けに関して述べているので、少し長いが引用してみよう。


 昔のことばに「飲食を楽しむには美しい器を用いる方がよい」といっているが、まことにその通りである。しかし、宣徳、成化、嘉靖、万暦など、明時代のかまの陶磁器は非常に高価で、こわしてしまっては惜しいから、今の朝廷御用窯で作った皿や鉢を用いればよい。けっこう出来も優雅で美しい。
 深めの鉢に盛るべきもの、平たい皿に盛るべきもの、大きな器に盛った方がよいもの、小さめの器に盛った方がよいもの、それぞれ心して使いわけ、いろいろとりまぜてこそ、はじめて料理の出来ばえをいかすことができる。「十碗八盤<さら>」の説にとらわれて融通がきかないのは、愚かしいくだらないことだ。
 大体高価な材料を使ったものは大きな器に盛りつけ、安いものは小さめの器を使う。「煎<ヂェン>」や「炒<チャオ>」の少々の油で焼いたり炒めたりする方法で料理したものは皿に盛り、スープや羹<あつもの>類は深鉢に盛るとよい。         
(袁枚著・中山時子監訳。柴田書店1975年)


 
  古陶磁の年款<ねんかん>
「大清雍正年製」という年款が書かれた青花玲瓏<チンホアリンロン>の碗(倣古品)。明代以降の官窯で焼かれた宮廷用の献上品には、その証しとして年款を印した。

 冒頭に書かれている古語は「美食不如美器」が原文である。宣徳、成化、嘉靖、万暦など明代の器は最も美的に優れているといわれ、日本でも関心が高い。朝廷御用窯とは官窯<かんよう>(御器廠<ぎょきしょう>)を意味し、それは景徳鎮窯<けいとくちんよう>を指していることは想像に難しくない。
 景徳鎮は元代に「浮梁瓷局<ふりょうしきょく>」という役所が設置され、ここに官窯と民窯が並立し、互いに技術的な刺激を与えつつ、焼き物の一大基地として発展した。明代初期より景徳鎮の官窯では生産と品質には厳しい統制が行われ、皇帝の献上品が造られるようになり、乾隆帝の時代に景徳鎮は、その芸術性の頂点を迎えたといわれる。
 「十碗八盤」とは当時の宴席料理を指し、大鉢、大皿料理のことをいうが、随園先生は決まりきった様式に囚われると野暮ったくなるといい、料理に応じて器の大小、形を選択することが大切であると盛り付けの基本を説いている。
 なお、『随園食単』には、岩波文庫版(青木正児訳註。初版1980年)もあるので、参考にしていただきたい。




●古陶磁と料理 
 北京、上海、四川、広東の有名な中国料理店を取材し、名菜の数々を収録した『中国名菜集錦』(主婦の友社)が1982年に刊行された。伝統的な中国料理に相応しく、古陶磁(多くは倣古品である)に盛り付けられ、「美食不如美器」の言葉を彷彿させるものであった。
 特に、宴席など大皿盛りの料理は、器の美しさと相俟って一層華やかになる。また、古陶磁の文様は現在にも通ずるモダンな感覚のものも多く、中国陶磁器の奥深さを感じる。

 
北京・瑠璃廠<リュウリィチャン>「韻古齋」
清代の陶磁器を主に扱う国営の骨董店。北京の瑠璃廠は、昔、宮殿用の瑠璃瓦を焼いた窯場が設けられた土地である。その後、書画、骨董、篆刻<てんこく>、文房用品を扱う一角として有名になり、今は外国人観光客も多い。1980年撮影。
  古陶磁の鑑定証
中国の古陶磁で100年以上経ったものには、その鑑定となる蝋に刻印があり、それが本物の証明でもある。なお、200年以上の骨董品は国外持ち出し禁止になっている。

 一般的に料理人が陶磁器を蒐集するのは、いずれも料理を盛るためのものである。器は眺めてよいと思うものと、実際に料理を盛ってよいものとがあり、そこは気をつけなければならない点である。中国料理の盛り付けは、皿の中央を埋め尽くすので五彩、粉彩<ふんさい>などの色絵皿では、周囲の絵柄に注意を払うことも大切なことだ。白磁、青花<せいか>磁(染め付け)は上品で扱いやすいが、ややともすると単調になりやすく、少し面白みに欠ける気がしないでもない。いずれにしても、器は料理とのマッチングをイメージして選択したい。

 
西洋古陶磁「<せっき>
イギリスの名窯、スポードの器(19世紀中葉)。一見すると中華皿に見えるが、リム付きの洋皿である。器は、磁器と陶器の中間に位置するもので、裏に「ストーン・チャイナ」と書かれている。
  器に刻まれた文字 
小皿の中央、左側に「大」の文字が刻まれている。中国では昔、共同炊事することも多く、自前の器に名前や目印を刻んだという。器の裏には長寿を意味する吉祥の文様「盤長」が描かれている。

 中国各地には文物商店<ウェンウーシャンティエン>(骨董店)や古玩市場<グゥワンシーチャン>(骨董市)があり、名窯のものだけでなく、地方色のある古陶磁に出会うこともある。しかし、近年の古陶磁ブームで価格は高騰し、香港と同様に贋作も多く、骨董を選ぶには目利きが必要となる。
 陶磁器の製法、種類などについては専門書に譲るとして、西洋の古陶磁には東洋の絵柄が多く、一見すると中国の器と見間違うこともあるので、中華皿と洋皿の違いだけは覚えておきたい。中華皿は、なだらかに湾曲していて中央が深くなり、洋皿には平らで幅の広いリム(皿の縁)があって中央は平らになっている点が異なる。



●器に対する考え方
 
中国料理の宴席と器
伝統的な宴席では、円卓の中央に大皿料理、周囲に小皿、小碗などを配し、取り分けてサーヴィスする。紅洋蓮<ホンヤンリェン>の小皿には、萬寿無疆<ワンショウウーヂァン>(皇帝の長寿を祝う語)の四文字が見える。
 
   
 
宴席の大皿料理
縁(左端)が欠けた青花蓮花<チンホアリェンホア>の魚盤(楕円皿)。青花磁器は元代に完成され、明、清を通じて官窯でも民窯でも数多く製作されてきた。料理は「清蒸桂魚<チンヂョングェイユィ>(ケツギョの姿蒸し)」。
 
 中国料理の宴席は、大皿盛りの料理を円卓の上で取り分けるのが基本である。一般的な宴席の場合、1卓の人数は8人から12人、メニューは10品前後の料理が組まれるので、取り皿、取り碗、チリレンゲなどを合わせると器の数は100点以上にもなる。
 1971年に料理研修した香港の北京料理店「楽宮楼」は、宴会を中心とした大型高級料理店で、1500人が収容できた。婚宴<フンイェン>(結婚披露宴)など大宴会ともなると、何千点もの食器を使うので、どうしても扱いが粗雑になり、どの高級料理店でも器の周囲がギザギザに欠けていたのを憶えている。
 厨房から運ばれる大皿料理の器にチップが目立ち、支配人にどうして器を替えないのかと尋ねると、「君は器を食べるのか、それとも料理を食べるのかね」と一蹴され、中国料理の本場、香港では器に対して余り神経を使わない風潮に首を傾げたものである。また、香港の油麻地、旺角など下町にある酒楼、酒家では、「飲茶」の客が立ち去るとテーブルクロスごと食器を包み、「大黒天」の持つ布袋のようにして厨房まで引きずって運ぶので乱暴この上ない。
 当時、中国料理の器は、すでに手の届かない清代までの古陶磁か、日常の家庭でも使われる大量生産された中国陶磁器の両極端にあり、料理店の器は消耗品であるからこそ、丈夫で安価なものを求めるのが中国人の考え方であったと思う。 
 
 

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