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コラム&レシピ
セパージュを飲む

 日本では、長いこと、ヨーロッパ系のワイン専用葡萄の栽培は難しいと考えられていた。
 ヨーロッパ系の葡萄は、雨や湿気に弱く、ちょっとのことで、カビや細菌による病気に冒されやすい。
 ヨーロッパのように本質的に乾燥した土地ですら、適切な農薬が開発されるまでは、ほんの少し雨が多い年というだけで、壊滅的な打撃を受けることがしばしばあった。
 昔のヴィンテージ・チャートを見ると、星の数が少ないどころか、空白という年が見受けられるのは、つまり、そのためである。「出来」がどうこう以前の凶作年が決して少なくなかったということだ。
 一方、日本という国の気候はどうかというと、なんと、葡萄の開花期には梅雨があり、実の成熟期の夏は「カビとバイ菌のためにある」と言っても過言ではないほどに蒸し暑く、収穫期にはダメ押しのようにして台風がやって来るのである。
 文字通りの三重苦なのだ。
 大正11年(1922年)、こういう国でワインをつくりたいなら、なによりもまず葡萄品種を改良するしかないという大英断を下したのが、後に「日本のワイン用葡萄の父」と讃えられることになる川上善兵衛だった。
 善兵衛は、日本の厳しい気候にも耐久性のあるアメリカ種の葡萄を母に、品質的に望ましいヨーロッパ種の葡萄を父にして交配を繰り返し、実に1万種類を超える苗木を育て上げた。
 そのために、家産はかたむき、「いい加減にして!!」という家族の悲鳴で鼓膜がやぶれそうだった(切なる諫言は、恰も鼓膜を穿たるが如し)と、後に述懐している。
 ワイン用葡萄の改良で、最もやっかいなのは、実際に実がなって、その実を使ってワインをつくってみるまで、良し悪しの判断がつかないところにある。
 しかも、葡萄という植物は、種から育てると、最初に実がなるまでに10年もかかるのだ。つまり、10年間育ててみないことには、海のものとも山のものとも判断がつかないのである。そういうものを1万本も育てるというのは、普通の感覚で言えば「酔狂」以外のなにものでもない。
 実際、1万種類のうち、実がなったのは千百種類ほどしかなく、その千百種類をすべて試験醸造したところ、有望品種として残ったのは、40種類ほどしかなかったという。(その40種類の中には、醸造用ではなく、「生食用として有望」というのも含まれていたので、本来の目的からすれば、もっと歩留まりが悪かったことになる)。
 家族が悲鳴を上げたくなるのも、もっともというものだろう。
 マスカット・ベーリーAは、そのようにして生まれた新品種のうちで、最も成功したもののひとつである。
 母は、アメリカ系の生食用黒品種であるベーリー種。
 父は、ヨーロッパ系のマスカット・ハンブルグ種で、昭和2年に育出されている。
 ちなみに、父親のマスカット・ハンブルグは、その名の通りマスカットの仲間だが、この一族の中では珍しく皮が黒く、ワイン用というよりも、むしろ生食用として人気が高い。
 この組み合わせからも想像がつくように、川上は、醸造用としても、生食用としても、ともに利用できるオールマイティな品種を創出したかったのだろう。
 彼のそのねらいは的に当たり、マスカット・ベーリーAは、全国の葡萄栽培農家、醸造家に広く受け入れられ、生食用としてもワイン用としても、(ものすごく高級というわけではないが)大衆的な人気を獲得するまでになっている。
 ちなみに、2005年現在の総栽培面積は1010ヘクタール、総収穫量は12500トンで、この数字は、日本の葡萄生産量の実に5パーセントをしめている。
 ワインに醸すと、独特の果実香と、ハーブを思わせるスパイシーな風味、穏やかなタンニンを特長とする、なかなか面白いものになる。
 いまのところ、この品種からの代表的なワインは、11月初頭に発売される新酒で、新種の醸造にしばしば使われるマセラシオン・カルボニック法(炭酸ガス浸漬法――葡萄を房ごと密閉タンクに入れ、炭酸ガスを吹き込んで数日おいてから圧搾し、赤く色づいた果汁を白ワインと同じように低温で発酵させる醸造法)でつくられることが多いため、この製法に共通するドロップを思わせるような甘い果実香が前に出てしまい、残念ながら、品種ならではの個性を楽しむことはできにくい。フルーティで飲みやすい、理屈のいらない赤ワインにはなっているので、それはそれでいいのかもしれないけれど・・・。
 新酒以外では、川上善兵衛が開いた新潟の「岩の原葡萄園」の「菊水印」というワインを、本家本元ということで一度は味わっておきたい。独特の土臭さをもっていて、なかなかに面白い。上級品の「深雪花」は、完熟したマスカット・ベーリーAをオークの小樽で熟成させたワインで、この品種とほのかに漂うフレンチオークの甘い樽香が、意外によく合うことに驚かされる。
 また、この品種をメインにし、メルロやカベルネ・ソーヴィニヨンなどとブレンドしたワインにも、見るべきものが生まれつつある。
 ただし、日本のワイン業界全体の流れを見る限り、残念ながら、この葡萄は、まだまだその潜在力を100パーセント引き出されてはいない状況にあると言っていい。
 日本で唯一の固有品種である甲州種が、ここにきてにわかに品質を開花させつつあるのに対して、日本生まれの赤ワイン用品種であるマスカット・ベーリーAの現状は、ちょっぴりさみしい。
 「日本にしかない、日本ならではの赤ワインをいつか誕生させたい」というのは、醸造家なら誰でも一度は抱いたことのある夢だろう。マスカット・ベーリーAは、間違いなく、その夢を担うべき葡萄の最右翼にいる。
 かつて、カリフォルニアで小バカにされていたジンファンデルが、この10年で、目をみはるほどの大輪に化けたように、この葡萄の潜在力が引っ張りだされる日がくることを願ってやまない。
 そのときこそ、日本のワイン文化も、真の定着期を迎えることができるのではないだろうか。
岩の原ワイン 深雪花(みゆきばな)

よく熟したマスカット・ベーリーAを厳選し、オークの小樽で2年熟成させたワイン。穏やかな果実の風味と、素朴なタンニン分、古樽由来と思われるほのかに甘い樽香とが、優しい調和を見せてくれる。近年世界中で流行している果実味いっぱいのグラマラスなワインの対極にあるようなワインだが、和服の似合う古風な女性をイメージさせるといったら、ほめすぎだろうか。日本を代表する名ワインというところまでは行っていないが、元祖ならではの個性は、きっちりと打ち出されている。
サントリー「登美の詩」

マスカット・ベーリーAとヨーロッパ種のブレンドものの一例である。ちょっと前までは、カベルネ・ソーヴィニヨンとのブレンドが多かったのだが、このワインは相方にメルロを選んでいる。たぶん最近のメルロ人気を反映しているのだろう。発酵前に低温で果実を漬け込んでおく方法を取っており、ベーリーA由来のドロップを思わせる意外なほどに華やかな果実香に、まず驚かされる。口に含むと、赤ワインにはめずらしいほどの酸味を、メルロ由来のやわらかな味わいが包み込み、後味には再び果実香が伸びる。多少冷やし目にして、鶏料理や煮魚、照り焼きなどと楽しみたい。


山田 健(やまだ たけし)
1955年生まれ。78年東京大学文学部卒。
某洋酒会社が刊行している「世界のワインカタログ」編集長。
86年に就任して以来、世界中の醸造所めぐりをし、
年間2000種類以上のワインを飲みまくる。
著書に「今日からちょっとワイン通」「バラに守られたワイン畑」(共に草思社)
「現代ワインの挑戦者たち」(新潮社)他がある。
辻調おいしいネット「コラム&レシピ」内の
『今日は何飲む?』というコラムにて、
「今日は何飲む?」野次馬隊リーダーとして参加。

■Vol.1「シャルドネ種」前編
■Vol.1「シャルドネ種」後編
■Vol.2「カベルネ・ソーヴィニヨン種」前編
■Vol.2「カベルネ・ソーヴィニヨン種」後編
■Vol.3「ピノ・ノワール種」前編
■Vol.3「ピノ・ノワール種」後編
■Vol.4「メルロ種」前編
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■Vol.6「ソーヴィニヨン・ブラン」前編
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