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セパージュを飲む

 おそらくは飛鳥・奈良・平安時代に、シルクロードを通って日本に伝来したヨーロッパ系の葡萄品種である。
 つまり、もともとこの品種は、生食用ではなく、ワイン用の葡萄だったということだ。
 当時の日本には今からでは想像もつかないほどの数の渡来人とその子孫が住んでいたようで、当然彼らは、ふるさとの食文化を日本に移植した。
 牛肉や羊肉の料理はもちろん、牛乳や、それを10分の1に煮詰めた「蘇」も一般化していたと言われている。
 醍醐天皇という天皇がいるくらいだから、おそらくはチーズの類だろうと言われている「醍醐」もあったに違いない。当然葡萄酒も・・・と言いたいところだけれど、残念ながら、ワインに関する文献は、今のところ見つかっていないようだ。
 そのころ、中国の都・長安では、詩人王翰(おうかん)が「葡萄の美酒 夜光の杯」と歌ったように、胡姫の舞いをながめながら、ガラスの夜光杯で、西域名物のワインを傾ける酒場が大流行していたし、楊貴妃が、自ら命じてつくらせたとされる桂花陳酒も、白ワインに金木犀の花を漬け込んだものだった。
 そういう時代背景を考えるならば、中国の文化に垂涎の思いだった日本の貴族たちが、ワインに無関心だったとは考えにくい。そして、その頃に試みられたに違いない「ワインづくり」の間接的な証拠が、他ならぬ「甲州種」という葡萄の存在なのである。
 甲州種は、伝説によれば、1186年に甲斐の国八代郡(現在の勝沼)の住人・雨宮勘解由が道端に自生しているのを発見し、観賞用に栽培を始めたものだとされている。
 ヨーロッパ系のワイン用葡萄が、島国の日本に勝手に自生するはずはないので、これは、明らかに人為的に日本に持ち込まれ、栽培が試みられたものの生き残りだと考えていい。
 ここで重要なのは、「自生」というキーワードである。
 ヨーロッパ系の葡萄というものは、元来、湿度やカビ、菌類による病気に極めて弱いという欠点をもっている。つまり、日本のように、開花生長期に梅雨があり、実の成熟期には高温多湿の夏があり、収穫期には台風が来るというような気候は、最悪に近い環境なのである。
 農薬もなにもない時代に、そういう国で栽培しようというのは、もともと無謀というものだったのだ。1000年以上も後の明治時代ですら、純粋なヨーロッパ系葡萄の栽培はほとんどが失敗に終わったのだから、当時の試みが成功したはずがない。葡萄栽培とワイン醸造の話が、一切文献に出てこないのは、つまり、すべてが失敗したからだと考えていいのではなかろうか。
 ならば、なぜ甲州種だけが、生き残ることが出来たのか。
 実は、ワイン用の葡萄というのは、すべてが交雑種なのである。例えば、カベルネ・ソーヴィニヨンは、カベルネ・フランとソーヴィニヨン・ブランが自然に交雑して生まれた品種だと言われているが、親のカベルネ・フランも、なにかとなにかの交雑種だし、その親も交雑種だという事情がある。
 したがって、カベルネ・ソーヴィニヨンの種を100粒まくと、似ても似つかない100種類の葡萄が出来上がることになる。黒葡萄の種をまいたのだから、黒葡萄が生まれるだろうと思いがちだが、それさえもない。白葡萄や、ピンクの葡萄、色の薄い黒葡萄と、その雑多さには目を見張らされるはずだ(葡萄の育苗が、種からではなく、必ず接ぎ木か挿し木で行なわれるのは、そういう事情があるからである)。
 そして、おそらくは、古代日本の葡萄栽培でも、そういうことが起こったのではないかと、ぼくは推測しているのである。
 持ち込まれた苗木の中に、わずかに生き残った品種があり、その種が自然に地面にまかれてたくさんの新品種が芽生え、さらにそれらの新品種の中から、日本の厳しい気候の中でもなんとか生き残れる品種だけが次の房をつけることができ、この房の種から、再びたくさんの新品種が芽生え・・・ということを何度となく繰り返し、その結果、最も日本の風土にあった、最も強い品種――つまり、今日の甲州種の先祖が、山梨の山野に生き残ったということなのではないか。
 要するに、甲州種とは、日本の厳しい風土によって自然淘汰された、風土に選ばれた品種なのである。
 当然、日本でワインをつくる以上、この品種は無視できないし、また、絶対に無視すべきではないと、ぼくは思っている。
サントリー登美の丘ワイナリー謹製 さわやか甲州

甲州種ワインの一般的なイメージを再確認するには、一番いいワインのひとつ。葡萄は社外の農家から買いつけたものだが、醸造以降を登美の丘ワイナリーで丹念に行っているため、雑味の少ない、きわめてクリーンな風味に仕上がっている。品種特有のやさしい香りと、柔らかい酸味、ほのかな甘みのバランスがとてもいい。


山田 健(やまだ たけし)
1955年生まれ。78年東京大学文学部卒。
某洋酒会社が刊行している「世界のワインカタログ」編集長。
86年に就任して以来、世界中の醸造所めぐりをし、
年間2000種類以上のワインを飲みまくる。
著書に「今日からちょっとワイン通」「バラに守られたワイン畑」(共に草思社)
「現代ワインの挑戦者たち」(新潮社)他がある。
辻調おいしいネット「コラム&レシピ」内の
『今日は何飲む?』というコラムにて、
「今日は何飲む?」野次馬隊リーダーとして参加。

■Vol.1「シャルドネ種」前編
■Vol.1「シャルドネ種」後編
■Vol.2「カベルネ・ソーヴィニヨン種」前編
■Vol.2「カベルネ・ソーヴィニヨン種」後編
■Vol.3「ピノ・ノワール種」前編
■Vol.3「ピノ・ノワール種」後編
■Vol.4「メルロ種」前編
■Vol.4「メルロ種」後編
■Vol.5「リースリング」前編
■Vol.5「リースリング」後編
■Vol.6「ソーヴィニヨン・ブラン」前編
■Vol.6「ソーヴィニヨン・ブラン」後編
■Vol.7「シラー」前編
■Vol.7「シラー」後編
■Vol.8「サンジョヴェーゼ」前編
■Vol.8「サンジョヴェーゼ」後編
■Vol.9「甲州」前編
■Vol.9「甲州」後編
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■Vol.20「セミヨン/ミュスカデ」
■Vol.21「ピノ・グリ(ピノ・グリージョ)/トレッビアーノ(ユニ・ブラン)」
■Vol.22「ミュラー・トゥルガウ/グリューナー・フェルトリーナー」
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