イタリアワインの王と称えられるバローロと、その弟分のバルバレスコのふたつの名酒が、この葡萄品種からつくられている。
この2ヶ所以外でも多少栽培されている所もないわけではないが、特筆すべきワインはまだ出来ていないように思う。
この葡萄からの優れたワインは――ということは、今のところ、バローロとバルバレスコは、という意味だが――しっかりとした酸と、骨格のはっきりしたタンニン分に恵まれており、長い熟成により、バラやスミレ、数々のスパイス、トリュフやなめし皮などを連想させる複雑で深みある香りを身につけていく。
色あいは深いガーネットで、熟成につれて美しいオレンジ色に変化し、いかにもおいしそうなトロリとした輝きを帯びてくる。
伝統的には、樽香のあまりつかない大樽熟成が行われていたが、トスカーナでフレンチオークの小樽熟成が流行して世界的な人気を博して以降、この地域でも内側を焦がしたフレンチオークに特有の、ココアやコーヒーを思わせる甘い樽香をつけたワインが増えてきた。
伝統至上主義からすれば、とんでもない話だろうが、この新しいタイプの味わいは、実際のところ、かなり美味しい。
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バローロ・バルバレスコ以外の産地で、ちょっぴり興味を引かれるのは、イギリスの有名なワイン研究者ジャンシス・ロビンソンが「ワイン用葡萄ガイド」に書いている次の一文である。「革新的なヴェネトのワイン生産者ジュゼッペ・クインタレッリが、陰干ししたネッビオーロ葡萄からレチョートをつくっている」。
レチョートとは「耳たぶ」という意味で、主にヴェネト州のヴァルポリチェッラ地区で伝統的につくられてきた甘口ワインである。収穫した葡萄を翌年の2月頃まで風干しし、「耳たぶ」くらいの柔らかさの乾し葡萄状態になるまで乾燥させてから醸造する。ローマ時代以来の伝統製法で、この製法からつくられた「辛口」のワインは「苦味」という意味の「アマローネ」と呼ばれる。
ちなみに、ヴァルポリチェッラでつくられているレチョートやアマローネは、一般にコルヴィナ種やロンディネッラ種、モリナーラ種といった、どちらかというと軽やかな風味の葡萄品種からつくられており、そういう葡萄からつくられているにもかかわらず、イタリアでもっとも濃醇で大柄な、華麗極まるワインになるのである。
したがって、もしもネッビオーロのような濃密系の葡萄でレチョートをつくったなら、どんな怪物的ワインが出来上がるのかは、想像にあまりあると言っていい。
実のところ、かつてぼくは、「アマローネ」風につくられた1955年ものの「バローロ」を飲んだことがあるのである。
今ではワイン法上、そんな「つくり」のバローロは許されていないのだが、当時のイタリアでは、きっと何でもありだったのだろう。40年以上の歳月のはてに開けられたそのワインは、信じがたいことに、瓶底に3センチほどのオリを沈めており、普通なら、それだけのオリを落としてしまったら、薄く褐変した水みたいなしろものになっていてもおかしくないのだが、にもかかわらず、そのワインの上澄みは、今日つくられているどんなに濃厚なバローロよりも、さらに濃厚な色あいをしており、味わいもびっくりするほど力強かった。
そういう経験から考えるに、クインタレッリのレチョート風ネッビオーロには、かなりの期待が持てそうに思ったのだが、残念ながら、クインタレッリ自身に確認したところ「アマローネにほんの少しのネッビオーロを混ぜてはいるが、ネッビオーロ単独のレチョートは造っていない」とのことだった。
そんなことを言わずに、ぜひいつか試してみてよ、とお願いしたいところである。
☆
なお、ネッビオーロという名前は、この品種が晩熟性で、ピエモンテ地方に霧(ネッビア)が発生する10月半ばまで収穫を待たねばならないところに由来すると言われている。
この葡萄が、バローロ・バルバレスコ以外の産地でなかなか成功しないのは、ひとつには、この晩熟性にあるのだろう。
もっとも、近年の地球温暖化は予想を超えた急ピッチで進んでおり、世界中の葡萄が、放っておいても完熟しすぎるほどに完熟する傾向が現れている。地球上のほとんどの生物にとっては困った傾向だが、もしかすると、ネッビオーロにだけは、有利に働く可能性がある。この葡萄が世界にはばたく日も、案外近いのかもしれない。
● バローロ ブリッコロッケ
(チェレット社 ブリッコロッケ醸造所)
バローロ地区は、なめらかで香り高いワインを生むバローロ・エリアと重厚で長熟タイプのワインを生むセッラルンガ・エリアに二分されるが、ブリッコロッケ畑は、この両エリアの中央に位置する小高い丘の上にあり、その位置関係からも分かるように、二つのエリアの長所を完璧に兼ね備えている。フレンチオークの樽で熟成されたそのワインは、見事というひとことにつきる。バローロの頂点の一角を占めていることだけは、まちがいない。
● バルバレスコ (ガヤ社)
バルバレスコの代名詞ともいえる名手ガヤによる逸品。「ガヤ」の名前があまりにも有名になってしまったため、初めて飲む人は、多くの 場合、パワフルで肉厚で巨大なワインを期待してしまうようだが、バルバレスコというのは、もともとそういうワインではない。パワーに価値を置く方には、兄貴分のバロー ロをおすすめしたい。すぐれたバルバレスコは、10年に満たない程度の熟成で、信じがたいほどのエ レガンスと艶やかな風味を身につける。このワインも、その典型で、若いうちには、繊細で上品な風味が前面に出るが、 熟成後には、驚くほどに魅惑的な果実の風味が口いっぱいにはじけ、後味になめし皮や葉巻な どを連想させる複雑な風味が長く続く素晴らしいワインになる。ただし、最近の高値は、ちょっぴり行き過ぎの感はある。
文
山田 健
(やまだ たけし)
1955年生まれ。78年東京大学文学部卒。
某洋酒会社が刊行している「世界のワインカタログ」編集長。
86年に就任して以来、世界中の醸造所めぐりをし、
年間2000種類以上のワインを飲みまくる。
著書に「今日からちょっとワイン通」「バラに守られたワイン畑」(共に草思社)
「現代ワインの挑戦者たち」(新潮社)他がある。
辻調おいしいネット「コラム&レシピ」内の
『今日は何飲む?』
というコラムにて、
「今日は何飲む?」野次馬隊リーダーとして参加。
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