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コラム&レシピ
セパージュを飲む

 この10数年間で、一躍、表舞台に踊り出てきた品種のひとつである。
 その背景には、「渋みよりも果実味」「骨格よりも肉付き」「長い熟成の可能性よりも、いま現在のおいしさ」を優先するという、アメリカに始まり、あっという間に世界中に広まったワイン界の新しい流れがある。
 そういう新しい価値観で見直してみると、この品種は、間違いなく素晴らしいポテンシャルを秘めている。
 近年になってつくられている、この品種からの上等なワインを、ぜひ一度飲んでみてほしい。
 香りは華やか、味わいは大柄で、驚くほどに濃密な果実香をもち、タンニンもまろやかで、後味にはほのかなスパイシーさも漂い、相当にしっかりとつくられたワインでもほんの数年で飲み頃を迎えるという、まさにアメリカ好みの味わいを、たっぷりと満喫できるはずだ。
「気品」とか「繊細さ」なんていう言葉とは一切無縁だが、そういうヨーロッパ的な価値観を古めかしく感じさせるような、あっけらかんとした、親しみやすい魅力に満ちている。
 ジンファンデルの名が、最初に文献に現れるのは、1830年のことである。
 ニューヨークのロングアイランドにあった種苗会社のカタログに「ハンガリー産ブラック・ジンファーデル」の名で紹介されているのが、それだ。
 ただし、ハンガリーには、ジンファンデルに相当する葡萄品種はいまだに見当たらない上に、アメリカの東部は、ご存知の通り、大害虫フィロキセラの名誉ある発祥の地に他ならない。したがって、ヨーロッパ系の葡萄は植えるそばから根を食い荒らされて枯れてしまったはずで、このジンファーデルが、現在のジンファンデルの直接の祖先である可能性は低そうである。
 1862年1月、後にカリフォルニア・ワインの父と呼ばれることになるオーガストン・ハラスティ(ソノマ地区の名門「ブエナ・ヴィスタ」の創業者)が、ヨーロッパから300種類の葡萄の苗木を輸入した。彼の息子のアーパドは、その300種類の中にジンファンデルが含まれていたのだと後に主張しているのだが、これもちょっとあやしい感じがする。
 ハラスティの隣人で、ソノマ地区のもうひとりの先駆者であるヴァレッホ将軍のところで働いていた醸造技師が「1862年に、初収穫のジンファンデルから、なかなか良いワインをつくった」という記録を残しているからである。輸入したその年に葡萄が実るはずがないではないか。
 結局、この葡萄が、いつどこからやってきたのかは、いまだによく分かっていない。
1990年代初頭のDNA鑑定によって、南イタリア・プーリア地方のプリミティーヴォという葡萄品種と同じものだと言われるようにはなったが、肝心のプリミティーヴォ自体もプーリア原産というわけではないようで、中には、プリミティーヴォのほうが、アメリカから逆輸入されたジンファンデルの子孫なのだと主張する人さえいる。
 もうひとつの可能性は、ジンファンデルが、畑に落ちた種から生えてきた葡萄なのではないか、というものだ。自家受粉にせよ、自然交雑にせよ、種から生えてきた葡萄は、親とはまったく違う形質をもつものなので、その場合には、ジンファンデルは、文字通りアメリカ独自の葡萄だといっていいことになる。
 さて、歴史に登場して以降、現在に至るまで、この葡萄はカリフォルニア・ワインがたどってきたジェットコースターのように浮き沈みの激しい歴史に翻弄されてきたと言っていい。
 ゴールドラッシュで集まってきた鉱夫たちの日常酒として人気を博したかと思うと、ヨーロッパから逆輸入されたフィロキセラ*が畑をボロボロにしてしまい、接木の技術でようやく畑が落ち着き始めたかと思うと、禁酒法で、あっという間にどん底に落とされる。
   *この害虫はアメリカ東海岸のもので、西海岸のカリフォルニアにはいなかった。
    恐らくはヨーロッパ系の苗木を輸入した際に一緒に侵入したのだろうと推測されている。

 将来を悲観した葡萄栽培農家が、やけになって葡萄の根っこを引っこ抜き始めると、なんと今度は、突如として、アメリカ中の家庭で「趣味の」ワインづくりが大流行を始め、原料葡萄の市場が大活況を呈し始めるのだ。禁酒法によって、ワインの総醸造量はかえって増えたというのだから、皮肉なものだ。
(ちなみに、自家製ワインの原料としては、一般的には皮が厚くて輸送に便利だったアリカント・ブーシェが大人気だったとされているが、ジャンシス・ロビンソンは、「ジンファンデルの人気の高まりが禁酒法解除のきっかけになった」と書いている。彼女が書いているなら、きっとそういうこともあったに違いない)。
 ところが、自家製ワインづくりは、思いもよらない副作用を残した。
 技術のない家庭でのワインづくりでは、上等な辛口ワインなど出来るはずもなく、砂糖を入れて欠点をごまかすようなワインばかりが造られていたようなのだが、その結果、アメリカ人の味覚は決定的に退化してしまい、禁酒法解除後には、甘口の酒精強化ワイン以外は、見向きもされなくなってしまったのだ。
 この時期の酒精強化ワイン――いわゆる「カリフォルニア・ポート」を評して「私の舌が生涯でこうむった最大の侮辱」と書いたのは、確かアンドレ・シモンだったと思うが、可哀想なことに、ジンファンデルも、この甘口ワインの原料とならざるを得なかった。
 その後、1960年代の後半から、ようやく辛口ワインが売れ始めるのだが、70年代に入ると、突然白ワインの流行が始まり、赤ワイン人気にかげりが出てしまうのだ。
 農民たちは、どこまでも広がる広大なジンファンデルの畑を前にして途方にくれてしまった。その時、ある醸造家が窮余の一策として思いついたのが、「ホワイト・ジンファンデル」に他ならない。
 つまり、彼は、あり余っているこの葡萄から白ワインをつくろうと考えたのだ。
 ところが、この葡萄の皮の色はあまりにも濃厚だったため、絞っただけで果汁がピンク色に染まってしまい、どう頑張ってもロゼワインにしかならなかった。
 当時、流行からはずれていたロゼでは、とうてい売れそうもないと考えた彼は、なんとこの新しいワインに、「白いジンファンデル」という強引な名前をつけることにしたのである。
 その上、白でもロゼでもない、その中間ということで、「ブラッシュ」という新しいジャンル名まででっちあげた。ブラッシュとは、「頬を赤らめる」というくらいの意味だから、さすがに内心では赤面していたのかもしれない。
 この新ジャンルが、80年代に入って爆発的に大成功したことは、すでにカリフォルニア・ワイン史の常識になっている。
 かすかな発泡性と、ドロップみたいな香り、ほのかに甘い味わいという、どう考えてもお子ちゃま向けの味(もちろん、「お子ちゃま向け」は比喩。「未成年向きのワイン」なんてものは、世の中にはない)のワインだが、当時のアメリカでは、ワインといえばホワイト・ジンファンデルだ、というほどに大流行したのである。
 こういうワインが大流行してしまうところに、かつてのアメリカの食文化の哀しさがあったと言ったら、言いすぎだろうか。
 もしもここまでで歴史が終わっていたならば、ジンファンデルという葡萄も、ピエロでしかなかっただろうと思う。
 幸いにも、その大流行と同時進行する形で、まだ人目にはつきにくい小さな流れでしかなかったのだけれど、カリフォルニア・ワインは、真の意味での品質の時代を迎えようとしていた。
 品質時代の潮流を担った主役は、残念ながらジンファンデルではなく、白のシャルドネとソーヴィニヨン・ブラン、赤のカベルネ・ソーヴィニヨンだったのだが、その後、タンニンのしっかりしたカベルネ・ソーヴィニヨンから、より果実味のチャーミングなメルロへと人気が移る中で、この最もアメリカ的な葡萄にも新たな光が当てられることになるのである。
 こうして、冒頭でご紹介したような、新しい価値観を担う名ジンファンデル・ワインが、続々と誕生し始めるのだ。
 150年の歳月を経て、ようやくこの葡萄の時代が到来したのである。この葡萄の前途は、もはや洋々たるものだと言っていいだろう。
 
リッジ ジンファンデル 2001

高品質のジンファンデルに早くから挑戦してきたリッジのジンファンデル。シラーを少々ブレンドしているので、純粋なジンファンデルではないが、風味の完成度は極めて高い。グラスをゆすると、シラー由来と思われる引き締まったタンニンのニュアンスと、アメリカンオークに由来する甘いココナッツの香りが立ち上り、口に含むと、ジンファンデルならではのジャムを思わせる果実の香りがパッと広がり、後味には黒コショウなどのスパイスの風味が長く残る。収穫からわずか5年目で熟成のピークを迎えているのも、この葡萄ならではの持ち味と言えるだろう。
フェッツァー ボンテッラ ジンファンデル 2004

カリフォルニアの有機栽培ワインの先駆者であり、代表者でもあるフェッツァー社
によるジンファンデル。ボンテッラとは「良き大地」という意味の造語で、同社の有機栽培ワインにつけられているブランド名である。有機ならではのチャーミングな果実味がたっぷりとひきだされており、自社製のアメリカンオーク樽に由来するお菓子のミルキーのように甘い香りとがあいまって、ある意味で「これこそがジンファンデルの典型だ」と言って過言ではない「分かりやすい」魅力をもっている。ただし、フランスワインの気品に慣れている人は、首を傾げたくなるかもしれない。
ベリンジャー ジンファンデル 2003

ジンファンデルから、こんなワインも出来るんだ、という例外的な風味を楽しめる。甘み・果実味をできるだけ抑え目にし、この葡萄のもうひとつの特徴である黒コショウ系のスパイシーな香りを前面に押し出し、後味もセックに落ち着かせている。樽香も控えめ。ジンファンデルらしくはないが、いわゆる「いいワイン」の基準に一生懸命近づけようとしているようで、その努力は一応成功していると言っていいだろう。


山田 健(やまだ たけし)
1955年生まれ。78年東京大学文学部卒。
某洋酒会社が刊行している「世界のワインカタログ」編集長。
86年に就任して以来、世界中の醸造所めぐりをし、
年間2000種類以上のワインを飲みまくる。
著書に「今日からちょっとワイン通」「バラに守られたワイン畑」(共に草思社)
「現代ワインの挑戦者たち」(新潮社)他がある。
辻調おいしいネット「コラム&レシピ」内の
『今日は何飲む?』というコラムにて、
「今日は何飲む?」野次馬隊リーダーとして参加。

■Vol.1「シャルドネ種」前編
■Vol.1「シャルドネ種」後編
■Vol.2「カベルネ・ソーヴィニヨン種」前編
■Vol.2「カベルネ・ソーヴィニヨン種」後編
■Vol.3「ピノ・ノワール種」前編
■Vol.3「ピノ・ノワール種」後編
■Vol.4「メルロ種」前編
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