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コラム&レシピ
セパージュを飲む
vol.5 リースリング(前編)

 言うまでもなく、リースリングは、ドイツで最も重要な葡萄品種である。
 残念なことに、近年の日本では、ドイツワインの人気がいまひとつなのだが、優れたリースリング・ワインの味わいは、本当に理屈抜きに、おいしい。
 白い花や蜂蜜を連想させる優しく気品ある香りと、透明感あふれる爽やかな酸味、そして、飲む者を陶然とさせるみずみずしい甘味・・・。
 しかし、日本のワイン・スノッブ、あるいはワイン通たちのあいだでは、この「分かりやさ」がかえってあだになり、リースリングを敬遠(あるいは小馬鹿に)する原因になってしまっているようだ。
 確かに、赤ワインのおいしさの鍵を握る「渋み」や、シャブリに代表される辛口白ワインの特長である「甘味のない酸味」は、無条件に分かりやすい「ウマミ」ではない。
 その「分かりにくさ」の原因は、おそらく遺伝子にある。
 草食性の哺乳類の場合には、渋みや、果実の未熟さに由来する鋭い酸味は、アルカロイドや青酸などの有毒物質の存在を示唆するため、本能的に避けようとする傾向があるのである。
 当然、「自然状態に近い」人類の場合にも、これらの味覚は嫌われる。
 われわれ現代人が、それを「おいしく」感じているのは、歴史のどこかで苦痛を快感と読み違える一種マゾヒスティックな文化的逆転現象が起こった結果だろうと思われる。つまり、そのおいしさは「自然なおいしさ」ではなく、あくまでも「文化的なおいしさ」であり、文化的な教育を経なければ、なかなか分かりにくい味覚なのである。
 したがって、ワイン通が、赤ワインや辛口白ワインの方を珍重したがるのも、故のないことではない。だれもが無条件においしく感じる味よりも、訓練を経た特別な人間だけにしか分からない味のほうが、なんとなく高尚に感じられてしまうのは、人情というものだろうからだ。
 しかし、分かりやすい味覚が文化的ではないとまで言い始めるとしたら、それは行き過ぎというものである。文化というものは、マゾだけがつくったものではないのだから。
 もうひとつ、日本のリースリング受容において不幸だったのは、「ドイツワイン」=「リースリング」という誤った思い込みが(輸入元による不適切な情報操作もあって)広く浸透してしまったことにある。
 ここで、改めて確認しておきたいのだが、一時期日本に氾濫し、ドイツワインの代表選手のように思われていたワインたち――例えば、手頃な価格の「リープフラウミルヒ」や「シュヴァルツェカッツ」などに、リースリングが使われることは滅多にないのである。
 もちろん皆無ではないけれど、ラベルに「リースリング」という表示がなされている例外を除けば、リースリングのブレンド比率は、ごくわずかであることが多い。
 改めてテイスティングしてみればすぐに分かることだが、それらのワインに特徴的な「マスカットを思わせるフルーティな香り」とか、「柔らかい酸」「輪郭のはっきりしない甘味」「後味に残るかすかなほろ苦味」などの個性は、間違いなくミュラートゥルガウという葡萄が主体であることを示している。
 あわてて付け加えるならば、ミュラートゥルガウからのワインも、それはそれで充分に良いワインだし、「遺伝子問題的」に言えば、「分かりやすいおいしさ」の典型のひとつなのだけれど、その味が、本来高貴であるべきリースリングのイメージを、はなはだしく傷つけてしまったことも間違いない。
 偉大なるリースリングから生まれる名品たちは、ミュラートゥルガウとは比較にならないほどに純粋で、かつ深みがあり、華麗で、かつ気品に満ちているのである。
 リースリングを他の品種と峻別する個性が、もうひとつある。
 それは、故郷の風土や天候、つくり手のポリシーなどを、鏡のように映し出す特別な能力に他ならない。この能力が際立つ品種は、リースリング以外にはシャルドネしかなく、その事実が、このふたつの品種を白ワイン用葡萄の双璧にしているのである。
 そういうわけで、リースリングの比較テイスティングは、非常に楽しい。
 リースリング初心者に、まず試していただきたいのは、ラインガウ地方とモーゼル・ザール・ルーヴァー地方を代表する3つのトップ醸造所のワインである。
 条件を同じにするため、格付けはカビネット・クラス、味わいは「ほのかな甘口」に統一して比べてみよう。当然、1本3000円から5000円程度と多少値は張ることになるが、世界のトップ醸造所のワインをその値段で飲めるのだと考えれば安いものだ。
 あくまでもテイスティングなのだから、6・7人で割り勘にすれば、一人当たり2000円程度におさまってしまう。ぜひともトライしていただきたいものだ。
 ラインガウ代表としては、近年急速に評価を高め、フランスの美食雑誌ゴー・エ・ミヨーがドイツのトップ醸造所と折り紙をつけている「ロバート・ヴァイル醸造所」を選びたい。
 モーゼル・ザール・ルーヴァーからは、最北のザール地区のトップ、エゴン・ミュラー家と、世界でも珍しいデヴォン紀の青い粘板岩の畑で知られるカール・フォン・シューベルト家を選んだ。
 もちろん、フランケン地方の男性的な風味や、ファルツ地方のおだやかで落ちつきある味わい、ヴュルテンベルク地方の重厚な個性などを飲み比べてもいいのだけれど、その前に、まずは「遺伝子的に」最も分かりやすい、歴史的にも、「これがリースリングの典型だ」と誰もが認める名ワインを選び、土地と気候がどのように風味に影響するかを比較してみようという趣旨である。
 3本すべてに共通するのは、みずみずしい果実の風味と清潔感あふれる爽やかな酸味だが、まず酸味のありようが、ラインガウとモーゼル・ザール・ルーヴァーではまったく違う。比較的温暖なラインガウでは、酸味の構成が複雑になり、練り上げたような艶を持つのに対して、他のふたつのワインの酸はあくまでも繊細で、銀の鈴を振るような透明感あふれる響きを特徴としている。
 この単純な比較でも明らかなように、リースリングは、寒い地方ほど繊細でエレガントな風味になりやすく、気候が温暖化するにつれてリッチで芳醇な風味に変化していく。ただし、それにも自 ら限度というものがあり、あまりに暖かな地方では、爽やかさに欠けた、しまりのないワインになりやすい。(優れたリースリングがドイツに集中しているのは、その冷涼な気候によるところが大きい)。
 土壌の影響も顕著に表れる。
 ラインガウ地方の土壌が、水もちのよい火山性のロームや泥灰土、黄土などからなり、ワインに厚みある風味をもたらすのに対して、極めて水はけのいい純粋なスレートの風化土壌からなるモーゼル・ザール・ル−ヴァーでは、まるで翼をもっているかのように軽やかなワインが生まれる。さらに、同じスレート風化土壌でも、シューベルト家のアプツベルクという名前の畑を特徴づける青い粘板岩は驚くほどに豊かなミネラル分を特徴としており、若いうちには、鋼のような(時に石油のような)鉱物香が漂う。(この鉱物香だけは、初めての人には、ちょっと抵抗感が伴なうかもしれないが、この香りは熟成後にとんでもない深みに結びつき、いったんそういう完璧な状態になってしまえば、そのワインを嫌う人は滅多にいないように思う)。
 つくり手の影響がどのように表れるかを見たい時には、同じシャルツホーフベルク畑産ワインを選び、上記のエゴン・ミュラー家の作品と、(例にあげるのは、ちょっぴり失礼かもしれないけれど)ケッセルシュタット伯爵家のものを比べてみるといい。ケッセルシュタットのワインも充分以上においしいのだけれど、気品においても繊細さにおいても、そして深みにおいても、天と地ほどの差がある。
 ほとんど隣り合わせといっていい畑で、これほどの違いが生まれるからこそ、リースリングは、つくり手にとっても、実にやりがいのある品種なのである。
ロバート・ヴァイル醸造所
リースリング カビネット 2002


ラインガウ地方キートリッヒ村の名門ワイナリー。最後のドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が、こよなく愛した醸造元としても知られている。1988年に、4代目当主ヴィルヘルム・ヴァイル氏が継いで以降、名声は鰻のぼりになり、いまや誰もがドイツワインの最高峰のひとつと認めるまでになっている。辛口から貴腐の極甘口まで、すべてのジャンルを得意としているが、このワインは、ほのかな甘口タイプ。甘口ながら、酸味がみごとに美しいため、幅広い料理と意外なほどによく合う。
エゴン・ミュラー家 シャルツホーフベルガー 
リースリング カビネット 2002


ザール地方ヴィルティンゲン村シャルツホーフベルク畑産。エゴン・ミュラー家の名前は、ドイツ最高の名声を誇るこの名畑と切っても切れない関係にある。畑自体は27,4ヘクタールあり、エゴン・ミュラーが所有しているのは、そのうちの8ヘクタールにすぎないのだが、偉大なるシャルツとは、つまりエゴン・ミュラーのシャルツに他ならない。青リンゴを思わせるみずみずしい香りと、口中に清涼な風が吹き抜けるような爽やかさ、そして繊細でエレガントな風味には比類がない。  
シューベルト家 マクシミーン・グリューンホイザー 
アプツベルク カビネット 1996


ルーヴァー地方のトップ醸造所。マクシミーン・グリューンハウス村にある34ヘクタールの畑を単独所有している。畑はスレート風化土壌の「色」によって三つに分けられており、それぞれブルーダーベルク(平修士の山=グレー)、ヘレンベルク(修道士の山=赤)、アプツベルク(修道院長の山=青)と名づけられている。もちろん、修道院長の青いスレート土壌の部分が最上の区画で、ミネラルの凝縮度は驚嘆に値する。ただし、若い内にはかなり飲みにくいので、このワインだけは、ヴィンテージを古くした。石油のような鉱物香に興味がある方は、ぜひ若いヴィンテージにも挑戦してほしい。


山田 健(やまだ たけし)
1955年生まれ。78年東京大学文学部卒。
某洋酒会社が刊行している「世界のワインカタログ」編集長。
86年に就任して以来、世界中の醸造所めぐりをし、
年間2000種類以上のワインを飲みまくる。
著書に「今日からちょっとワイン通」「バラに守られたワイン畑」(共に草思社)
「現代ワインの挑戦者たち」(新潮社)他がある。
辻調おいしいネット「コラム&レシピ」内の
『今日は何飲む?』というコラムにて、
「今日は何飲む?」野次馬隊リーダーとして参加。

■Vol.1「シャルドネ種」前編
■Vol.1「シャルドネ種」後編
■Vol.2「カベルネ・ソーヴィニヨン種」前編
■Vol.2「カベルネ・ソーヴィニヨン種」後編
■Vol.3「ピノ・ノワール種」前編
■Vol.3「ピノ・ノワール種」後編
■Vol.4「メルロ種」前編
■Vol.4「メルロ種」後編
■Vol.5「リースリング」前編
■Vol.5「リースリング」後編
■Vol.6「ソーヴィニヨン・ブラン」前編
■Vol.6「ソーヴィニヨン・ブラン」後編
■Vol.7「シラー」前編
■Vol.7「シラー」後編
■Vol.8「サンジョヴェーゼ」前編
■Vol.8「サンジョヴェーゼ」後編
■Vol.9「甲州」前編
■Vol.9「甲州」後編
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■Vol.13「マスカット」
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■Vol.17「ゲヴュルツトラミナー」
■Vol.18「シュナン・ブラン」
■Vol.19「テンプラニーヨ=ティンタ・ロリス(葡)」
■Vol.20「セミヨン/ミュスカデ」
■Vol.21「ピノ・グリ(ピノ・グリージョ)/トレッビアーノ(ユニ・ブラン)」
■Vol.22「ミュラー・トゥルガウ/グリューナー・フェルトリーナー」
■Vol.23「その他の赤ワイン用葡萄品種」
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