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 恐らくはボルドー原産の葡萄品種。かつてはカベルネ・ソーヴィニヨンの突然変異種だろうと推測されていたが、最近の遺伝子検査によって、実は、カベルネ・ソーヴィニヨンの方が、この品種とソーヴィニヨン・ブランの自然交雑によって生れた子供であることが判明した。
 味わいは、多少軽めのカベルネ・ソーヴィニヨンといった感じで、カベルネ・ソーヴィニヨンにくらべて、チャーミングな果実味が前面に出やすいかわりに、青草の風味もやや強めに出ることが多い。まれに青インクや鉛筆の芯のような香りが漂うこともある。
 ボルドー地方では、カベルネ・ソーヴィニヨンやメルロなどとブレンドされることが多いが、それは、ワインに複雑さを添えるというよりも、天候不順の年にそなえての保険の意味合いが強い。カベルネ・ソーヴィニヨンは、非常に晩熟性の葡萄なので、収穫晩期に雨が降ると台無しになる危険性がある。その点、カベルネ・フランはメルロと同じく1〜2週間早く完熟するので、安全性が高いというわけだ。
 もっとも、この葡萄は、もともとメドック地区よりも多少冷涼なサンテミリオン地区やポムロール地区などに向いており、メドック地区では樹齢が30年ほどにならないと安定した収穫が望めない。そのため、近年のメドックでは、「どうせ保険なら、もう少し安定していて欲しいじゃないの」という気分から、カベルネ・フランの代わりにプティ・ヴェルドという濃醇なワインを生む品種に人気が移りつつある。
 サンテミリオン地区では、事情が全く異なり、この品種はまぎれもなくスターである。カベルネ・ソーヴィニヨンやメルロとブレンドされるという点はメドック地区と同じだが、この土地では、主役がカベルネ・フランで、カベルネ・ソーヴィニヨンやメルロのほうが脇役を務めている。
 この品種の実力を最上の形で見せてくれるのは、サンテミリオンの頂点のひとつシャトー・シュヴァル・ブランである。カベルネ・フラン6とメルロ4の割合いでつくられているこのワインは、豊かなコクときめ細やかな気品を兼ね備えており、驚くほどの長寿を誇る。唯一の欠点は、そういう素晴らしいワインであるにもかかわらず、若い頃からおいしく飲めてしまうため、ほとんどすべてのボトルが真の熟成の世界に達する前に開けられてしまうという事実くらいのものだろう。
 この葡萄のもうひとつの産地は、ボルドーから多少北に位置するロワール地方である。
 この品種が冷涼な気候を好むらしいという事実に目をつけたアボット・ブレトンという人物が、17世紀にボルドーから苗木を持ち込み、その目論見通り、この地方を代表する赤ワイン用葡萄として大成功を納めた。
 その功績に敬意を表し、ロワール地方では、カベルネ・フランは、しばしばブレトンと呼ばれている。
 代表的な産地はシノン地区、ブルゲイユ地区、ソーミュール地区、アンジュ地区など。
 ボルドーとは違い、小樽に寝かすことは滅多にないので、品種の個性がストレートに表れた、ほどよいコクのワインを楽しむことが出来る。
 一部の例外を除いて若い内に楽しむタイプが多く、オフ・ヴィンテージのものは、ワイン単体で飲むと、多少青臭さが気になることもあるかもしれない。しかし、そういう場合にも、料理とあわせれば、意外なほどにおいしく楽しめる。どうしても青草さが気になる場合には、料理のほうに緑を添えるといい。たとえば、鯛の木の芽焼きなどには、とてもよく合うはずだ。
シャトー・シュヴァル・ブラン

シュヴァル・ブランとは、「白馬」という意味。サンテミリオン地区の頂点の地位を、シャトー・オーゾンヌと常に競い合っている。オーゾンヌが濃密な果実味と、きめ細かく凝縮されたタンニンを特徴とするのに対して、シュヴァル・ブランは、一見、繊細で細身に感じられることが多いようだが、実は、その繊細さの中に、とんでもない深みと複雑さ、そして熟成力を秘めている。フランス人は、最上のワインを表すのにしばしば「フィネス」という言葉を使う。繊細さや気品を表現する言葉だが、そのニュアンスに一番近い味わいをしばしば体験させてくれるのが、熟成したシュヴァル・ブランであるというのは、ほめすぎだろうか。
シノン クロ・ド・ラ・キュール(ドメーヌ・シャルル・ジョゲ)

カベルネ・フラン100パーセントからのワイン。樽熟成も行っていないため、この品種の個性を純粋に楽しむことができる。クロ・ド・ラ・キュールは、この醸造元としては樹齢が若めの畑からの葡萄でつくられているが、未熟な葡萄に由来する青臭さはまったくなく、熟したベリー類を思わせるチャーミングな果実味とエレガントなタンニンのバランスは実にいい。作り手のジョゲ氏は、15年から20年の熟成が楽しめると主張している。さすがに、それは言いすぎかもしれないが、10年ほどの熟成で生まれる心地よい風味を口にしていると、シノンというワインも、大したものじゃないかと、改めて見直したくなるのは事実である。


山田 健(やまだ たけし)
1955年生まれ。78年東京大学文学部卒。
某洋酒会社が刊行している「世界のワインカタログ」編集長。
86年に就任して以来、世界中の醸造所めぐりをし、
年間2000種類以上のワインを飲みまくる。
著書に「今日からちょっとワイン通」「バラに守られたワイン畑」(共に草思社)
「現代ワインの挑戦者たち」(新潮社)他がある。
辻調おいしいネット「コラム&レシピ」内の
『今日は何飲む?』というコラムにて、
「今日は何飲む?」野次馬隊リーダーとして参加。

■Vol.1「シャルドネ種」前編
■Vol.1「シャルドネ種」後編
■Vol.2「カベルネ・ソーヴィニヨン種」前編
■Vol.2「カベルネ・ソーヴィニヨン種」後編
■Vol.3「ピノ・ノワール種」前編
■Vol.3「ピノ・ノワール種」後編
■Vol.4「メルロ種」前編
■Vol.4「メルロ種」後編
■Vol.5「リースリング」前編
■Vol.5「リースリング」後編
■Vol.6「ソーヴィニヨン・ブラン」前編
■Vol.6「ソーヴィニヨン・ブラン」後編
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■Vol.7「シラー」後編
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■Vol.20「セミヨン/ミュスカデ」
■Vol.21「ピノ・グリ(ピノ・グリージョ)/トレッビアーノ(ユニ・ブラン)」
■Vol.22「ミュラー・トゥルガウ/グリューナー・フェルトリーナー」
■Vol.23「その他の赤ワイン用葡萄品種」
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