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コラム&レシピ
セパージュを飲む

 しかし、残念なことに、長いこと、この甲州種からは、第一級といえるワインは誕生しなかった。
 その第一の理由は、粒が大きすぎることにある。香りやウマミの成分は、果汁の中よりも、むしろ皮や種に多く含まれていることが多いため、粒が大きいと、果汁の比率が高くなり、必然的に成分が薄まってしまうのだ。
 その上、酸味にも果実味にも突出したものがない。
 つまり、良く言えば穏やかな、悪く言えば没個性なワインになりがちなのである。
 しかもこの品種は、皮がピンクの葡萄に共通の特色として、皮からの香りを強めに抽出しようとすると、特有のエグミも一緒に溶け出してしまうのだ。
 一筋縄ではいかない、やっかいな葡萄なのである。
 そのため、多くの生産者は、この葡萄からのワインを、ほのかな甘口に仕立てることが多かった。
 甘味は百難を隠すとよく言われるように、ほんの少しの甘味があるだけで、エグミも気にならなくなるし、ボディの弱さも隠されてしまい、それはそれで、一応おいしいお酒になるのである。
 11月の新酒の季節にお酒屋さんの店頭を飾る「甲州新酒」は、まさにそのような酒で、値段を考えれば、十分以上に楽しめるものだ。
 しかし、その味が、つまり甲州種の典型なのだとされてしまうと、ちょっぴりつまらないし、割り切れないものが残る。
 幸いにも、ここ数年、この葡萄の可能性に挑戦する意欲的、かつ野心的な試みが、多方面で始まりつつある。
 たとえば、香りとエグミが強めに出る二番絞りの果汁(一般に最初に流れ出るフリーラン果汁のほうで高級ワインをつくるため、残った皮と種を絞った二番絞りは、安くつく)をあえて使用し、醸造にあたっては、果汁をいきなりオーク製の古い小樽に入れて発酵させ、発酵終了後も酵母をオリ引きせずに、週に1回ほどの割り合いで数ヶ月かき混ぜてやるという、フランスのコート・デュ・ローヌ地方の白ワインなどで行なわれている方法の「応用形」を試みている醸造元がある。
 この方法をとると、エグミのもとになるポリフェノールが酸化重合をおこしてほとんど気にならなくなるため、あらかじめ皮からたっぷりと引き出した香りがそのまま生かされるうえに、酵母から溶け出すウマミも添えられて、個性的でありながら心地よい後味のワインが生れる。この場合には、新樽香はジャマになるので、古樽が望ましい。果汁も安く、樽も古く安いため、価格的な魅力も付加される。残念ながら、まだ製品化はされていないが、うまくいけば、甲州種のワイン全体を活性化する可能性のある試みだと言えるだろう。
 あるいは、氷結ろ過して濃縮した果汁を使用し、思い切り新樽に寝かせたワインなども面白い。果汁を凍らせると、水分のほうから先に凍っていくため、その状態でろ過すると、必然的に成分の凝縮度を高めることができる。こういう人工的な方法をとることには賛否両論がありそうだが、甲州種とは思えないしっかりした酸味と充実した果実味が、甘やかな樽香とマッチして、意外なほどの風味を楽しめる。
 また、ソーヴィニヨン・ブランの香りの解説で触れた「チオール」という成分に着目したワインづくりも始まっている。ボルドー大学の富永敬俊博士の分析によって、甲州種の皮には、グレープフルーツやトロピカルフルーツ等を思わせる、ある種の「チオール」が豊富に含まれていることが判明したのだ。
 この成分は、銅や酸素に触れると、あっというまに香りを失ってしまうため、畑ではボルドー液の使用をやめる必要がある(ボルドー液は、硫酸銅と生石灰の調合剤だからだ)。
また、醸造の過程で果汁が酸化しないように細心の注意をほどこす必要もある。さらに、小樽で発酵させ、発酵後も酵母をオリ引きせずにかき混ぜるという、先にご紹介した方法も有効である。(タンク発酵で、酵母をかき混ぜる手もある)。酵母には強い抗酸化作用があるからだ。
 こうしてつくったワインには、これまでの甲州とはまったく異なるフルーティな香りがあり、初めて飲むと、これが本当に甲州なのかとびっくりする。甲州の新たな可能性の開花と言っていいだろう。
 これらは醸造における新しい試みの代表例だが、もちろん、畑でも様々な試みが行なわれている。
 例えば、粒の小さい、香りの成分が凝縮された優秀なクローンの選別も徐々にではあるが進められている。葡萄を育てていると芽条変異といって、一本の枝に実った葡萄だけが、他の枝に実った葡萄に比べて、なぜか格段に優秀だというようなことが、まれに起こる。そういう時に、その枝から接ぎ木や挿し木の接ぎ穂をとって殖やしたり、あるいは生長点の細胞を組織培養してクローンをつくったりするわけだ。他にも、暗渠排水の充実とビニールシートによる雨のカットを組み合わせることで、樹が吸い上げる水分を出来るだけ少なくし、味わいの凝縮度を高める工夫なども、多くの栽培家の手で進められている。
 日本の風土が生み出した、日本にしか存在しないこの特別な葡萄から、いつの日にか完璧なワインが生み出された時に、初めて日本のワイン文化は、本当の根っ子を持てるのだと、ぼくは常々思っているのだが、その夢の日も、もはや、そう遠くはないのかもしれない。
シャトー・メルシャン 甲州きいろ香 2005

富永博士の指導を受け、「チオール」の香りを大切にしてつくられたワイン。葡萄果の中のチオール量が最大になる瞬間を選んで収穫しているため、一般の甲州よりも早摘みされているようで、青リンゴを連想させるような、切れ味のいい、爽やかな酸味にまず驚かされる。香りは博士の言う「グレープフルーツ」というよりも、レモンやライムを連想させるが、いずれにせよ、従来の甲州からは考えられない果実香が力強く立ちのぼる。甘みはごくごくわずかで、かすかに炭酸の収斂味があり、全体の印象はきわめてフレッシュ。従来の甲州がもつ「優しいイメージ」の対極にある、新たな風味の誕生だと言っていいだろう。
勝沼醸造 アルガブランカ イセハラ 2004

この醸造元が甲州葡萄にかける情熱には、いつも頭が下がる思いがする。このワインは、単一葡萄畑の名前「イセハラ」を冠し、甲州葡萄の昔ながらのイメージを大切にして醸されているのだが、酒としてのレベルは驚くほどに高い。香りは優しく穏やか。口当たりはまろやかで、この品種にありがちないやなエグミは一切ない。プルーン系の練り上げたような酸味とほのかな甘みとのバランスも秀逸で、完熟リンゴを思わせる心地よい後味が長く続く。
● 勝沼醸造 甲州樽醗酵 2002

氷結ろ過して濃縮した果汁をフレンチオークの小樽で発酵させ、発酵終了後も定期的に酵母をかき混ぜるという独特の「つくり」から生まれたワイン。贅沢すぎるほど贅沢に樽香が香り立つが、梅酒を思わせるような個性的な果実香と、みごとに伸びやかな酸が力強く自己主張して、きちんとバランスをとっている。風味に人工的な印象はまったくなく、葡萄の力が素直に感じられる仕上がりになっているのは、ちょっぴり不思議ですらある。料理が変わるたびに見せてくれる多様な表情の変化も魅力的。


山田 健(やまだ たけし)
1955年生まれ。78年東京大学文学部卒。
某洋酒会社が刊行している「世界のワインカタログ」編集長。
86年に就任して以来、世界中の醸造所めぐりをし、
年間2000種類以上のワインを飲みまくる。
著書に「今日からちょっとワイン通」「バラに守られたワイン畑」(共に草思社)
「現代ワインの挑戦者たち」(新潮社)他がある。
辻調おいしいネット「コラム&レシピ」内の
『今日は何飲む?』というコラムにて、
「今日は何飲む?」野次馬隊リーダーとして参加。

■Vol.1「シャルドネ種」前編
■Vol.1「シャルドネ種」後編
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