辻調グループ校 卒業生ネットワーク Compitum
HOME
辻調グループ校 辻調グループ校
コラム&レシピ
セパージュを飲む

 ギリシア・ローマ時代から圧倒的な人気を誇ってきた、最も古く最も重要な葡萄品種のひとつである。
 
当然、ヨーロッパ各地で栽培されており、フランスではミュスカ、イタリアではモスカート、スペインではモスカテルと呼ばれている。
 何種類もの亜種があるが、特に重要なのは、日本でも有名なマスカット・オブ・アレキサンドリアと、イタリア語でモスカート・ビアンコ、フランス語でミュスカ・ブラン・ア・プティ・グランつまり「白いマスカット」とか「小さな粒の白いマスカット」と呼ばれている品種のふたつである。
(別に覚えなくてもいい亜種として、黒葡萄のマスカット・ハンブルグと、薄っぺらな味のミュスカ・オットネルがある)。
 マスカット・オブ・アレキサンドリアは、その名の通り、エジプト原産の葡萄で、ヨーロッパ葡萄としては珍しく、しばしば生食用に供される。
 ただし、その名前から、日本のデパートやフルーツショップの店頭を彩る、あの大粒で、しかも四角い箱にぴったりと収まる形をした高級葡萄の姿を想像してもらっては困る。
 本場ヨーロッパのマスカット・オブ・アレキサンドリアは、房そのものがはるかに細長く、その細長い果梗に、比較的小粒の葡萄がびっしりとついた、どちらかというと高級感のない風貌をしており、「これが同じ葡萄だ」と言われても、にわかには信じられないかもしれない。
 ちなみに、日本のマスカット・オブ・アレキサンドリアが、ああいう形をしているのは、花が咲いて実がなった直後に、房を刈り込み、粒の数を大幅に減らして形を整えるという、ま、言ってみれば床屋さんのような作業をしているからで、自然のままにほっぽっておいたら、あんな形になるはずがないのである。
 ただし、ワインの原料という意味では、日本のマスカット・オブ・アレキサンドリアのほうが2級品になる。葡萄の香りやおいしさは、皮とその内側に凝縮されるので、いいワインは粒の小さい――つまり果肉に比べて皮の比率が高い葡萄から生まれる傾向が高いからだ。  
 当然、日本で、おいしいマスカット・オブ・アレキサンドリアのワインをつくりたいなら、ヨーロッパをお手本にして、房の刈り込みをせず、小粒の葡萄に育てなければならないのだが、残念ながら現状では、生食用として大粒に育てた葡萄の「格落ち品」――つまり収穫直前に雨に当たって実割れしてしまったような房を安く買い叩いて醸造に回すことが多いので、ラベルばかりが豪華な、実質は水っぽいだけというワインになりやすい。
 日本のワイン会社に、ぜひお手本にして欲しい本場のワインの代表をあげておくと、例えば、シチリア島とアフリカ大陸の間に浮かぶ、地中海の小さな島「パンテレッリア」産の甘口酒精強化ワインなどがある。
「酒精強化ワイン」というと、ポートやシェリー、マルサラなどという「酸化熟成型」のワインを想像するかもしれないが、パンテレッリアのワインはまるで違っていて、マスカットならではのフレッシュな果実香をそのまま生かした、みずみずしい風味を特徴としている。
 房の色が緑から黄色に変わり、さらにはオレンジ色が混じってくるまで、じっくりと待ってから収穫した完熟葡萄をつかうため、蜜のように甘やかな香りが漂う、魅惑的な甘口ワインになる。
 さて、しかし、ワインの世界で最も珍重されるマスカットは、実はマスカット・オブ・アレキサンドリアではなく、もうひとつの「白いマスカット」の方である。
 この葡萄をつかった最も有名なワインは、イタリア・ピエモンテ地方の甘口スパークリングワイン「アスティ・スプマンテ」だろう。
 生食用のマスカット香というよりも、蜜リンゴや柑橘類の蜂蜜などを連想させる甘くみずみずしい香りと、びっくりするほどに爽やかな飲み口を特徴とするワインで、ぼくは基本的に甘口のスパークリングワインは口にしないのだけれど、これだけは例外にしている。
 お昼にお茶代わりに飲んだりするには、とてもいいし、ピクニックとか、お花見なんかにも、よく似合う。風の中で飲むのに向いているワインなのだろうと思う。
 フランスでは、ローヌ地方からラングドック・ルーション地方にかけて広くつくられている一群の酒精強化ワインたちが有名である。(フランスでは、厳密には「酒精強化」ではなく、「ヴァン・ドゥー・ナチュレル」つまり「天然甘味ワイン」と分類されているが、要はアルコール添加法のちょっとした違いにすぎないので、あまり気にすることはない)。
 フレッシュでみずみずしい果実の風味を生かすところは、イタリアのパンテレッリアと同様で、ま、考えてみれば、マスカットという素晴らしい香りの葡萄を使う以上、その香りを生かしたワインをつくりたいと考えるのは、当然というものなのだろう。酸化熟成型にしてしまったら、葡萄の果実香なんか、きれいさっぱり消えうせてしまうのだから…。
「ミュスカ・ド・リヴザルト」「ミュスカ・ド・リュネル」「ミュスカ・ド・ミルヴァル」など、色々な土地でつくられているが、代表をひとつだけあげろと言われたら、やはりローヌ地方の「ミュスカ・ド・ボーム・ド・ヴニーズ」を選びたい。
 桃やオレンジ、プラム、ママレードなどを思わせるフルーティな香りが、まるで香水のように華やかに香り立つ素敵にチャーミングなワインで、食前、食後のどちらに飲んでもとてもいい気分にさせてくれる。
 色合いは、淡い金色から綺麗なロゼ色まで様々で、中にはどうして「小さな粒の白いマスカットから、こんなワインができるんだ?」と首を傾げたくなるような、明らかに「ロゼ」としか思えないものまである。
 ぼく自身、実際に畑に行くまでは不思議でしょうがなかったのだが、畑を見たとたんにその疑問は、あっけなく解けた。
 実は、この葡萄、その名に反して、必ずしも色が白くはなかったのである。なんと畑には、ピンクだったり赤かったり黒かったりという、実に色々な色をした葡萄がごちゃごちゃに植わっていたのだ。
「しかし、ボーム・ド・ヴニーズはミュスカ100%のはずだったよな?」
 混乱したぼくが、
「この黒いのも白いマスカットなんですか」
 ついつい、アホーな質問をしてしまうと、なんと答のほうが、もっとアホげていた。
「その通りである。これは、たまたま黒い色をした白いマスカットである」
そういう、信じられないようなことを、平然と言ってのけるのだ。
 フランス人というのは、しばしばこういう無茶な強弁をする人種なのだが、実はその裏には、「AOC」つまり「原産地呼称統制法」という法律の存在がある。
 この法律には、原産地の呼称を名乗るために必要な条件が事細かに記されており、当然そこには「使用していい葡萄品種」という項目があるのだが、その「ミュスカ・ド・ボーム・ド・ヴニーズ」の項目にある「ミュスカ・ア・プティ・グラン」というのは、「ミュスカ・ブラン・ア・プティ・グラン」のことに他ならず、つまりは白指定なのである。
 ところが、マスカットという葡萄は、しばしば芽条変異といって、ひとつの枝だけが突然変異を起こし、そこに黒い葡萄や赤い葡萄がなったりすることがあり、地元では、そういう葡萄も伝統的に栽培してきたという事情がある。
 つまり、その突然変異種を「新品種」として登録してしまうと、その瞬間に、その「新品種」を使ったワインはAOCを名乗れなくなってしまうのだ。そうなると、現状の味わいをつくり続けることも不可能になってしまう。
「だったら、この黒いのも、白だって言い張ればいいじゃん」
 というのが、この強弁の背景にある事情なのである。
 ちなみに、ブルゴーニュ地方のニュイ・サン・ジョルジュという村のアンリ・グージュさんの畑で、黒葡萄のはずのピノ・ノワール(ノワールとは、フランス語で「黒」という意味)の枝に白い葡萄がついたことがある。この枝を接木で増やして白ワインをつくり始めたグージュさんは、やはり「これは非常に珍しい白いピノ・ノワール種だ」と言い張り、1級の畑名をつけて10数年にわたって高い値段で売り続け、たっぷりともうけた(多分)。新品種にしてしまったら、1級どころか、ブルゴーニュを名乗ることさえ出来なくなるのだから、この強弁のもうけは大きかった。(近年になって、「白い黒」にはさすがに気がとがめたのか、今度はピノ・ブラン(白いピノ)の一種だと言い張ることにして、ブルゴーニュ・ブランとして売り始めた。なかなかしぶといおっさんである)。
 ま、法律というのは、手綱をゆるめると、とたんになし崩しになっちゃうものなので、このくらいにガチガチにしておいて、無茶な強弁も「実情に合っている分には許す」というくらいのスタンスでちょうどいいのかもしれない。
 閑話休題。
 話をミュスカ・ド・ボーム・ド・ヴニーズに戻すと、日本の古いタイプのソムリエさんたちは、こういう甘口ワインをあまり食前に勧めたがらない傾向があるのが、多少残念なところである。
 アペリティフというものは、「ご馳走の前に胃を刺激して食欲を増すために飲むものだ」という定義からすれば、甘い酒で食前に血糖値を上げてしまうのは好ましくない、という理屈は分からないでもないが、いまどき、食事前に思いっきり腹をすかせてたっぷり食べようなんてみみっちい考え方をする人がどれだけいるだろうか。
 この飽食の時代には、食前に多少血糖値を上げて、胃袋を小さくしておくくらいがちょうどいいように思う。
 事実、フランスでは、この手の甘口ワインは、むしろ食前に楽しむのが普通なのである。
 ブルーチーズなどを味付けに使った小さなパイとか、フォアグラのパテとか、そんなこじゃれた前菜があると、このワインの甘さが際立って、本当に幸せな気分で食事を始めることができる。
 食後酒としては、たいていのデザートと問題なくよく合うが、葉巻とこのワインが絶妙に合う、という説を聞いたことがある。残念ながら、ぼくはタバコを吸わないので、実感としては分からないのだけれど、言われてみれば、葉巻の甘く蠱惑的な香りと、ミュスカの華やかな香りは、確かに綺麗に響き合いそうな気もする。葉巻の煙をくゆらせながら、とろりとした金色の液体をたしなむというのは、なんとなく貴族的な風景に見えるではないか。
 葉巻吸いの方には、ぜひお試しいただきたいマリアージュである。
 
モルシ・ディ・ルーチェ

パンテッレーリア島産のマスカット・オブ・アレキサンドリア100%からつくられている甘口酒精強化ワイン。つくり手はシチリア島の名門フローリオ社。「モルシ・ディ・ルーチェ」とは、直訳すると「光のひと噛み」という意味で、地中海の強烈な日差しをイメージしたネーミングと思われる。完熟したマスカットならではの、みずみずしい果実の香りは素晴らしい。ただ、なぜかフレンチオークの小樽で熟成されているため、バニラなどの甘い樽香が強く漂い、個人的にはそれが邪魔なような気もしないではない。ま、好き好きというものである。生クリームをつかったデザートなどとは、間違いなく、よく合う。
ミュスカ・ド・ボーム・ド・ヴニーズ
(ドメーヌ・デ・ベルナルダン) 

コルクを抜いたとたんに、部屋中に香りが立ち込めるほどに、華やかなワイン。ボーム・ド・ヴニーズの面白さは、「これが本当に葡萄だけからつくられているワインなのか?」と疑いたくなるほどに様々なフルーツの香りが漂うところにあるのだが、このワインの場合には、コアントローなどのオレンジ・リキュールを思わせる華麗な香りが圧倒的に立ちのぼる。完全な甘口ながら、爽やかでかつ優しい不思議な酸味と、ほのかに漂うほろ苦味が後味を引き締め、全体の印象は実に心地よい。多少強めに冷やして楽しみたい。
アスティ・スプマンテ・チンザノ

イタリア・ピエモンテ地方のアスティ地区でつくられているイタリアを代表するスパークリングワインのひとつ。日本のカタログなどでは、しばしば「マスカットそのもののみずみずしさ」と形容されているが、実際には、生食用のマスカットにある「緑のイメージの香り」とは無縁で、むしろ蜜リンゴを思わせる甘く熟した香りを特徴としている。ともかく、ひたすらにフレッシュで、フルーティで、爽やかなワインで、食前の一杯や、お昼のお茶がわりなどには実にいい。


山田 健(やまだ たけし)
1955年生まれ。78年東京大学文学部卒。
某洋酒会社が刊行している「世界のワインカタログ」編集長。
86年に就任して以来、世界中の醸造所めぐりをし、
年間2000種類以上のワインを飲みまくる。
著書に「今日からちょっとワイン通」「バラに守られたワイン畑」(共に草思社)
「現代ワインの挑戦者たち」(新潮社)他がある。
辻調おいしいネット「コラム&レシピ」内の
『今日は何飲む?』というコラムにて、
「今日は何飲む?」野次馬隊リーダーとして参加。

■Vol.1「シャルドネ種」前編
■Vol.1「シャルドネ種」後編
■Vol.2「カベルネ・ソーヴィニヨン種」前編
■Vol.2「カベルネ・ソーヴィニヨン種」後編
■Vol.3「ピノ・ノワール種」前編
■Vol.3「ピノ・ノワール種」後編
■Vol.4「メルロ種」前編
■Vol.4「メルロ種」後編
■Vol.5「リースリング」前編
■Vol.5「リースリング」後編
■Vol.6「ソーヴィニヨン・ブラン」前編
■Vol.6「ソーヴィニヨン・ブラン」後編
■Vol.7「シラー」前編
■Vol.7「シラー」後編
■Vol.8「サンジョヴェーゼ」前編
■Vol.8「サンジョヴェーゼ」後編
■Vol.9「甲州」前編
■Vol.9「甲州」後編
■Vol.10「カベルネ・フラン」
■Vol.11「ガメ」
■Vol.12「マルベック」
■Vol.13「マスカット」
■Vol.14「マスカット・ベーリーA」
■Vol.15「ジンファンデル」
■Vol.16「ネッビオーロ」
■Vol.17「ゲヴュルツトラミナー」
■Vol.18「シュナン・ブラン」
■Vol.19「テンプラニーヨ=ティンタ・ロリス(葡)」
■Vol.20「セミヨン/ミュスカデ」
■Vol.21「ピノ・グリ(ピノ・グリージョ)/トレッビアーノ(ユニ・ブラン)」
■Vol.22「ミュラー・トゥルガウ/グリューナー・フェルトリーナー」
■Vol.23「その他の赤ワイン用葡萄品種」
■Vol.24「その他の白ワイン用葡萄品種
■名菜シリーズ
■セパージュを飲む
■あなたの食べたいものは
 なんですか?「提案編」

■あなたの食べたいものは
 なんですか?

■海外からのレポート
■Dr.クリンネスから一言
■コーヒーを考える
■主任教授の知識を盗む
     
コンピトゥム会員NET
コンピトゥム公式Facebook
INFOMATION

住所・電話番号など登録情報の変更、メールアドレスの変更などがございましたら、「コンピトゥム会員NET」からログインして変更をお願いいたします。

IDやパスワードをわすれた場合などで、ログインできない場合

compi@tsuji.ac.jp までメールでお問合せください。 その際、メール件名に「コンピトゥム会員NETのIDとパスワード問合せ」、本文に、「氏名(フルネーム)」、「生年月日」、「最終卒業校」、「問い合わせ内容」を明記してお問い合わせください。

尚、求人・求職情報(キャリアマップ)に関しましては、こちらをクリックしてください。

 
   
主催イベント・講習会
■イベント情報一覧
■総会
 
辻調情報
■証明書の発行について
■授業料減免制度
 
卒業生情報
卒業生のお店情報
■卒業生の活躍情報
■特集・トピックス
 
入会・会員情報変更
■コンピトゥムとは
■コンピトゥム新規入会申込
■コンピトゥム会員情報の変更
 
開業開店サポート情報
■製菓衛生師試験日程情報
■開業事例集
■役立つリンク集
 
食のコラム
■食のコラム
 
  compitum archive
 
  おいしいネット
 
  ボキューズ・ドール
 
  フランス校
   
  通信教育講座  
   

 ■プライバシーポリシー
辻調グループ校
This Home Page is
brought to you byTSUJI GROUP
To Contact:compi@tsuji.ac.jp

Copyright(c)1997 TSUJI Group
Tel:06-6629-6452