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新世界のメルロで最も成功しているのは、やはりカリフォルニアだろう。
カリフォルニアでは、90年代に入って、突然メルロ人気が沸騰した。
ご存知の通り、アメリカという国のワインの基本は葡萄品種名ワインにある。
そもそも、葡萄品種でワインを選ぶという発想がこの国で誕生しなかったなら、カベルネ・ソーヴィニヨンにしたって、シャルドネにしたって、今日のようにポピュラーな名前になることはありえなかっただろう。
しかし、カベルネ・ソーヴィニヨンという葡萄単独でつくるワインが、当然のように持っている貴族的な気品は、アメリカ人にとっては、ちょっぴりお高くとまっているように感じられることもしばしばあったのではないだろうか。
「そりゃあさ、美人だってのは分かるよ。だけど、一緒にいて、なんだかリラックスできない気分になることもあるんだよねえ」
そんな時に、ふと気がつくと、明るくて、活発で、笑顔が可愛い、典型的なアメリカ娘みたいなメルロ・ワインが、そこにあったということなのだろう。
90年代以降、カリフォルニアにおけるメルロの栽培面積は爆発的に広がりつづけている。
そして、そういうアメリカ人がつくるのだから、カリフォルニア産のメルロが、他の国のメルロ以上に陽性で、堅苦しいところのまったくないチャーミングなタイプが多くなるのは、当然と言うものだろう。
最も売れているフェッツァー社のイーグルピークという銘柄などは、その典型だと言っていい。
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イタリアのメルロも忘れることはできない。
19世紀半ばにフランスから導入されたと言われており、いまでは、ほとんど全土で栽培されているが、量的には、北東部のフリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州や、トレンティーノ・アルト・アディジェ州が多く、気軽で飲みやすいワインを大量に生産している。
品質的に傑出しているのは、いわゆるスーパー・タスカンとして知られるトスカーナ州の(外来種葡萄からの)ワインたちで、キャンティ地方のカステッロ・ディ・アマがつくる「ラッパリータ」や、ロドヴィコ・アンティノーリ侯爵の「マッセート」などが、メルロ100パーセントからつくられており、この品種からのワインにおける「世界最高峰」の地位を競いあっている。
個人的には、イタリアのような優れた気候風土と伝統葡萄に恵まれている土地で、わざわざフランス品種を栽培し、フランス的な醸造法をとり、フレンチオークの樽に寝かすようなワインをつくることに、なんの意味があるのか全然分からないのだけれど、現に売り手市場で、とんでもない高値がついているのだから、それはそれでいいのだろう。
スペインでは、鬼才ミゲル・トーレス氏が、バルセロナ近郊のペネデス地方に導入してから、メルロ人気が高まった。ただし、この場合は、イタリアとはちょっと事情が違っていて、ペネデスという土地は、非常に起伏に富んでおり、高山地帯の冷涼な気候の畑には、土着品種を植えるよりもドイツ系品種やシャルドネなどが、それより多少低い土地にはメルロなどが最も適していると、他ならぬトーレス氏が判断し、その方向で産地の再構成が図られたという歴史がある。
ちなみにトーレス社では、海抜360メートルのラス・トーレスという畑にメルロを植えている。
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日本では、現在、長野県の、特に塩尻市桔梗ヶ原地区のメルロに期待が寄せられている。
ちょっと意外かもしれないけれど、実はかつて長野県では、メルロはうまく栽培できないのではないかと思われていた。
冬の寒さが厳しすぎるのである。
吹きすさぶ寒風に晒されたメルロの樹は、しばしば春になっても通常通り芽生えてくれない、いわゆる「眠り病」にかかることが多かった。眠り病で、発芽が何週間も遅れてしまった樹からは、当然、通常の収穫は望めない。
その後、長野県のメルロ栽培に一気に加速がついたのは、眠り病が、冬の間、幹を稲藁で巻いてやるだけで防げることが発見されてからである。
藁巻きひとつで話がすむならば、春から秋にかけての冷涼な気候は、メルロには最適だったし、水もちのいい粘土質土壌もこの品種に向いていた。
というわけで、現在では、熱心な栽培家の努力が実って、かなりのレベルのメルロが収穫され始めている。
ただし、いかに長野の気候が特別だとはいえ、日本は日本である。
アメリカのメルロのように、ひたすら明朗快活でチャーミングというワインにはなりにくく、どこかに青いニュアンスを残した味わいに仕上がることが多い。もっとも、そのほどよくブレーキのかかった風味が、個人的には、ぼくの好みに合っているように思う。
明るい一方のワインに付き合うのは、あれはあれで、結構体力がいるのである。
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文
山田 健(やまだ たけし)
1955年生まれ。78年東京大学文学部卒。
某洋酒会社が刊行している「世界のワインカタログ」編集長。
86年に就任して以来、世界中の醸造所めぐりをし、
年間2000種類以上のワインを飲みまくる。
著書に「今日からちょっとワイン通」「バラに守られたワイン畑」(共に草思社)
「現代ワインの挑戦者たち」(新潮社)他がある。
辻調おいしいネット「コラム&レシピ」内の『今日は何飲む?』というコラムにて、
「今日は何飲む?」野次馬隊リーダーとして参加。
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