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コラム&レシピ
セパージュを飲む
vol.7 シラー(前編)

 ジビエ、つまり鹿やイノシシ、マガモなどの猟獣料理と合わせる時に、最高の相性を発揮するとされているのが、この葡萄品種からのワインである。
 上等なシラー・ワインというものは、若いうちにはしばしば強すぎるきらいがあるのだけれど、ジビエ料理がテーブルに出てきたとたんに、信じられないほどにエレガントかつなめらかに変身し、なるほどこれはベストマッチだと納得させられることが多い。
 ヨーロッパ人は、ジビエの血抜きを嫌い、その上、腐る寸前まで熟成させた肉を好む傾向があるので、もしかすると、そういうレバーっぽい味がシラーと合うのかもしれない、などと思っていた時期もあったのだけれど、どうも、そういうことではないらしい。
 友人の猟師が仕留め、その場で血抜きをした新鮮なイノシシを、塩コショウしただけで炭火焼きにしたような料理でも、このワインは見事に華麗に変身する。
 してみると、野生の肉に特有の「大地の恵み」としか言いようのない風味と、シラー・ワインは美しく響きあう特性をもっているのかもしれない。
 シラーという葡萄は、もともとは北部コート・デュ・ローヌ地方のエルミタージュ地区とコート・ロティ地区、コルナス地区などで、「細々と」栽培されてきた品種である。
 しかし、この限られた土地では、すべての赤ワインのなかで最も濃厚に果実味が凝縮され、酸味もタンニンも力強い、スパイシーで重厚なワインがつくられてきた。
 その力強さを物語る格好のエピソードがある。
 19世紀までのボルドーワインには、しばしば「ワインにコクを添えるため」に、コート・デュ・ローヌ産のシラーがブレンドされていたというのだ。(いまそんなことをしたら、もちろん原産地呼称統制令違反だが、当時はそんな法律はなかった)。
 それどころか、ボルドーワインの頂点として知られる、かのシャトー・ラフィットですら、イギリス向けの樽にエルミタージュ地区のシラーをまぜていたし、シャトー・ラトゥールでは畑の一画にシラーを植えていたのである。
 さて、北部コート・デュ・ローヌを代表する上記の3つの地区のワインは、いずれも非常に長寿で、最低でも10年は寝かさないと、あまりに力強すぎて、飲むほうの体力が追いつかない感じになることが多い。
 20年ほど熟成させると、ようやく飲み頃を迎えるのだが、面白いことに、その頃から、地区ごとの個性の違いが、見事なまでにくっきりと際立ってくる。
 熟成したエルミタージュは、しばしば、まるで舞台女優を思わせるような、大柄で目鼻立ちのくっきりした華麗なワインになる。ただし、なぜかこの酒に知性を感じることは滅多にない。「美人なんだけどなあ。もしかするとバカかもしれない」というような印象のワインになりがちだということだ。もっとも、その白痴美は、それはそれで充分に魅力的なので、文句はない。
 コート・ロティは、若い内には、ロティという名前の通り、肉を炙ったような焦げた香りのする強烈に力強いワインで、エルミタージュ以上に硬質な印象を受けがちなのだけれど、不思議なことに、熟成するにつれて、優しく包容力のある穏やかな口当たりのワインに変貌していく。
 コルナスはというと、頑固親父のような酒になる。歳月によって、荒々しさの角が取れにくい酒だという風に悪くとるか、たかが歳月程度で体力が落ちるほどヤワなワインじゃないよ、と良くとるかは、個人の自由というものだろう。いずれにせよ、好き嫌いの分かれやすいワインであることだけは間違いない。
 それにしても、ほとんど隣接していると言っていいほどに狭い地域内で、同じシラーという葡萄を使いながら、これほどまでに異なる個性が生まれるという事実には、毎回びっくりさせられる。この葡萄がもつ「風土の個性を鏡のように映し出す能力」には、無限の可能性が秘められていると言っていいのではないだろうか。
 さて、シラー種にとっての二番目の、そして最大の産地は、オーストラリアである。ただし、この国では、シラーは「シラーズ」と呼ばれている。
 オーストラリアにシラーズ種が持ち込まれたのは、19世紀の前半のことだったが、どうやらこの品種は、この国の気候と嗜好になによりもマッチしたようで、たちまちのうちに爆発的に広まっていった。現在も、この国に植えられている赤ワイン用葡萄の3分の1がシラーズだと言われるほどの、高い人気を誇っている。
 シラーズという葡萄の名前を一躍世界に広めたのは、1951年からつくられ始めたペンフォールド社の「グランジ」というワインの功績だったと言っていい。後にオーストラリアワインの最高峰として誰もが認めることになるこの名酒に脚光が当たり始めると、オーストラリア中で、グランジに追いつけ追い越せとばかりに、優れたシラーズ・ワインがつくられるようになり、同時に気楽な価格で楽しめるシラーズも次々に誕生した。
 さらに、この国特有のカベルネ・ソーヴィニヨンとシラーズのブレンドという、なかなかおもしろい組み合わせも登場した。
 かつてシャトー・ラフィットやシャトー・ラトゥールがやっていたブレンドの復活のようなものだ。
 古い文化や伝統は、中心から遠く離れた周辺地域でよりよく保存されるという文化人類学上の法則があり、一時期ぼくは、このブレンドも、もしかするとそういう文化的保存の一例かと思ったりもしたのだけれど、現地で取材したところ、「いや、本当はカベルネ・ソーヴィニヨンだけでワインを作りたかったんだけど、初期にはカベルネの植付け面積がほとんどなかったんでね。やむなくシラーズとブレンドしてみたら、思いがけないほどいいものが出来て、そのまま定着しただけだ」という身もふたもない説明だった。
 正直言って、ちょっぴり腰がくだけた。
エルミタージュ ル・グレアル(ドメーヌ・マルク・ソレル)

マルク・ソレルは、エルミタージュを代表する醸造元のひとつ。ル・グレアルは、このドメーヌが所有している畑の中でも特に優れた条件を備えているル・グレフュー畑とル・メアル畑の樹齢の高い木からの葡萄のみを使用。老樹ならではの凝縮味を生かして、しっかりとした風味に仕上げている。シラー100パーセントではなく、ほんの数パーセントだけマルサンヌ種がブレンドされているため、多少熟成も早いようで、10年から15年ほどで、エルミタージュならではの、華麗さを極めた完璧な風味を楽しめる。
コート・ロティ (ドメーヌ・ジャメ)

コート・ロティとは、焼けた丘という意味で、強烈な日差しの強さからの命名。畑は、油断するとすべり落ちそうになるくらいの急斜面に位置しており、葡萄樹はそれでなくても強い日差しを直角に受けることになる。品種はシラー100パーセント。名前通り炙ったようなスモーキーな香りと力強く濃密な味わいの下に、スミレやカシスなどを思わせる魅力的な風味が隠されており、それらの隠された魅力が、熟成につれて徐々に表面に現れてくる。やはり、最低でも10年は寝かせてから楽しみたい。
クローズ・エルミタージュ ラ・ネゴシアル(ドメーヌ・コロンジュ)

本文中には触れなかったが、エルミタージュとよく混同されるのが、このクローズ・エルミタージュである。エルミタージュの周辺に広がる地域で、やはりシラー種中心につくられているのだけれど、対照的なまでに軽く飲みやすいワインばかりを大量に生み出している。決して悪いワインではないし、ほんの数年で飲み頃に達するという「現代的な」長所も持っているのだけれど、このワインを飲んで、シラーの本質を知ったような気分にだけはなって欲しくない。(もちろん例外もあるのだろうけれど、不勉強でまだそういう素敵な例外には出会っていない)。  


山田 健(やまだ たけし)
1955年生まれ。78年東京大学文学部卒。
某洋酒会社が刊行している「世界のワインカタログ」編集長。
86年に就任して以来、世界中の醸造所めぐりをし、
年間2000種類以上のワインを飲みまくる。
著書に「今日からちょっとワイン通」「バラに守られたワイン畑」(共に草思社)
「現代ワインの挑戦者たち」(新潮社)他がある。
辻調おいしいネット「コラム&レシピ」内の
『今日は何飲む?』というコラムにて、
「今日は何飲む?」野次馬隊リーダーとして参加。

■Vol.1「シャルドネ種」前編
■Vol.1「シャルドネ種」後編
■Vol.2「カベルネ・ソーヴィニヨン種」前編
■Vol.2「カベルネ・ソーヴィニヨン種」後編
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