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コラム&レシピ
セパージュを飲む

 華やかな蜂蜜香と、松ヤニを思わせる独特の香り、そして豊かな酸味を特徴とする非常に個性的な品種である。特別にすぐれた品質のワインは、数十年にわたる長い熟成力も秘めており、そういう意味では、最も偉大な白ワイン用品種のひとつだと言って間違いない。
 特にフランス・ロワール地方のいくつかのワインは、注目に値する。
 例えば、ヴーヴレー地区の優れた醸造元による「辛口」から「やや辛口」に仕立てられた名品は、数十年の熟成を経て、深い森のなかの下草を思わせるような複雑であたたかい香りをもつ見事な逸品に成長する。「甘口」以外の白ワインでは、おそらく、最も長寿を誇るワインのひとつだと言っていいだろう。
 コトー・デュ・レイヨン地区の貴腐ワインも名品と言っていい。残念ながら、貴腐菌が繁殖した皮からは、この葡萄ならではの松ヤニの香りが失われてしまい、長く熟成させても、「辛口」や「やや辛口」にあるような、驚くほどの複雑味と深みを身につけることはないのだが、みずみずしい酸味と蜂蜜を思わせる甘い香りは充分にチャーミングだし、歳月がまったく無駄というのではなく、それなりにエレガントでなめらかな熟成の世界も見せてくれる。
 コトー・ド・レイヨンの中でも、カール・ド・ショームやボンヌゾーという名前の区画からのものは特にすぐれており、もし店頭で見つけたなら、ぜひとも買っておく価値がある。ソーテルヌなどの有名産地の貴腐に比べて、びっくりするほど安いのも魅力である。
 もうひとつ、コトー・デュ・レイヨンのすぐ北に隣接するサヴニエール地区も忘れることはできない。この地区は、近年、ニコラ・ジョリーという一人の男の登場で、世界的な注目を集めることになった。
 彼は、究極の有機栽培として知られる「バイオ・ダイナミック農法(フランス語でビオ・ディナミ)の、この国における先駆者である。オーストリアの思想家であり神秘家でもあるルドルフ・シュタイナーによって提唱されたこの農法は、単に有機・無農薬というだけではなく、月や惑星たちの力も借りる魔術的な手法を取るため、非科学的だという批判も多い。(もっともわれわれ東洋人にとっては、彼の説を「陰の気、陽の気の調和を図りながら、暦にしたがった農作業をする」という風に翻訳し直すだけで、案外身近かな感じがするのではないかと思う)。
 ニコラ・ジョリーは、この農法を忠実に守ることで、「クロ・ド・ラ・クレ・ド・セラン」という素晴らしい辛口ワインをつくっている。辛口とは言いながら、しばしば貴腐混じりになるまで収穫を遅らせるようで、品種特有の松ヤニ香は後退し、蜂蜜やアンジェリカを思わせる甘い香りが前面に出る。アルコール度も高く、味わいもびっくりするほどに力強いが、ジョリーがこのタイプのワインをつくり始めてからの歴史がまだ浅いため、どの程度の熟成力を秘めているかは、まだ定かではない。
 ただし、そういう「個性的」で「偉大」なワインは、基本的にフランス・ロワール地方からしか生まれない。
 この葡萄は、アメリカや南アフリカなどの新世界でも大量に栽培されているのだが、その多くはフレンチコロンバールなどの他品種とブレンドされて気軽な日常ワインになっており、「個性」がどうこうと議論するようなものではない。
 本場ロワールでも、中途半端な価格のワインの場合には、果皮に由来する松ヤニ様の香りが、長所どころか「イヤミなクセ」に堕落してしまう傾向がある。
 また、この地方では、シュナン・ブランの酸味を生かして、大量のスパークリングワインを生産しているのだが、その場合にも、松ヤニ香は、爽やかな後味にブレーキをかけてしまうことが多い。
 つまり、この品種を生かすためには、果皮からの松ヤニ香が出ないくらいまで、畑での収量を増やして安ワインをつくるか、それとも、松ヤニ香が長所に変じるくらいまで、果実の凝縮味を高めて、偉大なワインをつくるかしかないようなのである。
 そういう意味では、難しい品種だと言えるのかもしれない。
 

●ヴーヴレー 2004
 マルク・ブレディフ社


この地方のつくり手は、甘口・辛口に関してはあまりこだわりがないようで、年ごとの葡萄の出来不出来によって、ラベルに何も書かずに辛口から甘口まで平気でつくり変えてしまう傾向があり、飲み手としては非常に困惑させられる(特に貴腐の出来が良かった年には、さすがに甘口を意味する「モワルー」と表示されるけれど)。マルク・ブレディフ社は、ヴーヴレーのトップ醸造所のひとつで、本社の地下蔵には、20世紀初頭からの見事な古酒のコレクションがあり、幸運な訪問者には、シュナン・ブランという葡萄が持つ偉大な熟成力を実際に体験させてくれる。もっとも最近は、そういう伝統的な「つくり」から近代的でキレイな「つくり」に方向転換したらしい。このワインは、蜜の香りとレモンを思わせる爽やかな酸味が特徴の軽やかタイプの辛口に仕上がっており、間違いなくおいしいのだけれど、はたしてこれがヴーヴレーの典型と言えるものかどうか、判断に迷う所ではある。

●コトー・デュ・レイヨン 2002
 ラングロワ・シャトー


ヴーヴレーとは違い、コトー・デュ・レイヨンは基本的に甘口だと考えておいていい。ただしその甘さの度合いや味わいの凝縮味は、当然、年ごとの貴腐の出来次第になる。同じ貴腐でも、ソーテルヌとは違ってチャーミングな酸味に恵まれており、また樽に寝かされることもあまりないため、若いうちから楽しめる。ただし、ソーテルヌのような偉大な熟成の世界は期待できない。30年や40年は普通に「もつ」が、歳月によって、深みや複雑味を身につけることは滅多にない。このワインも、アカシアの花を思わせる甘い香りとほのかな貴腐香をもち、美しい酸味と蜂蜜のような甘さが調和した魅力的な風味で、すでに充分に飲み頃に達している。
●ボンヌゾー 2004
 コトー・ドゥ・ウェ


ボンヌゾーは、カール・ド・ショームと並び、コトー・デュ・レイヨンの中で最上のワインを生む小地区である。一般のコトー・デュ・レイヨンよりも最低糖度も高く設定されており、複雑味や深みも期待できる。このワインは、樽熟成に由来する琥珀がかった金色をしており、レモンピールの香りと、なぜか紅茶を思わせるほろ苦味を含んだ香りをもち、口に含むと、甘いレモンティーを飲んでいるような不思議な気分にさせられる。貴腐特有の魅惑的な甘味をもつが、ほのかな苦味がほどよいブレーキになって、上品な風味を醸し出している。熟成も期待できるなかなかの名酒である。
●ソーミュール グランド・キュベ ブリュット
 ルイ・ド・グルネル


ソーミュール地区には、石灰岩の斜面を掘り抜いた地下道がいたるところに張り巡らされており、そこで、シュナン・ブラン種からの大量のスパークリング・ワイン(ヴァン・ムスー)がつくられている。この品種に特有の豊かな酸と蜜の香りは、間違いなくスパークリングに向いているのだが、このワインのような「ブリュット=辛口」に仕立てると、どうしても松ヤニや石油を思わせる重い香りとほろ苦味が後口に残ってしまう。もっとも、シャンパーニュの3分の1程度の値段を考えるなら、その程度の傷に文句をつけるのは罰当たりというものだろう。気軽に楽しむには、とてもいい一瓶である。


山田 健(やまだ たけし)
1955年生まれ。78年東京大学文学部卒。
某洋酒会社が刊行している「世界のワインカタログ」編集長。
86年に就任して以来、世界中の醸造所めぐりをし、
年間2000種類以上のワインを飲みまくる。
著書に「今日からちょっとワイン通」「バラに守られたワイン畑」(共に草思社)
「現代ワインの挑戦者たち」(新潮社)他がある。
辻調おいしいネット「コラム&レシピ」内の
『今日は何飲む?』というコラムにて、
「今日は何飲む?」野次馬隊リーダーとして参加。

■Vol.1「シャルドネ種」前編
■Vol.1「シャルドネ種」後編
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■Vol.2「カベルネ・ソーヴィニヨン種」後編
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