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その問題を解決しようとして生れたのが、葡萄を破砕除梗し、ステンレスタンクで液温があまり上昇しないようにコントロールしながら発酵させる近代醸造法である。
要するに、ボルドーなどで普通に行っている醸造法をブルゴーニュにも導入しただけのものなのだが、ボルドーが、発酵の後期には液温を30度前後にコントロールして、皮や種からの成分抽出に励むのに対して、ブルゴーニュではフルーティな香りを大切にするために発酵温度も比較的低めにし、種からのタンニンもあまり抽出したがらない傾向がある。
こうして生れたワインは、なるほど魅力的な果実味をもち、若いうちから楽しめるタイプになるけれど、本質的な骨格や大地のキャラクターを備えた偉大なワインになることは、めったにない。
これじゃあ、いかん、という時に誕生したのが、低温マセレーションという方法である。
発酵前の葡萄を一部だけつぶし(人によっては完全に破砕除梗して)、10度から20度くらいの低温下に数日から10数日、静置しておくのだ。(腐敗を防ぐためと、皮からの成分抽出を促すため、亜硫酸を多めに入れることが多い)。
この期間に、皮からの香りと色を充分に引き出し、その後、果実味を大切にするためにあまり高温にならないように気をつけながら発酵を進め、発酵が終了したら、すぐさま絞ってしまうという方法である。
この方法だと、種からのタンニン(渋み)がまったく出てこない上、皮からの色と香りはたっぷりと抽出できるので、驚くほど濃色の香り高いワインが生れる。
ただし、たいていのワインは長持ちしない。
いずれの方法も、帯に短し、たすきに長しで、オールマイティにはなりにくい。 |
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という時に誕生した、というか、再発見されたのが、低温マセレーションと伝統醸造法を組み合わせた方法である。
昔からブルゴーニュでは、収穫期にひどい寒波がやってきて、初期の発酵がなかなか始まらず、「このままじゃあ、腐造になっちゃうぞ」と、醸造家をやきもきさせるような年に、意外にも若い内から果実味豊かに楽しめ、熟成後のスケールも大きい、ある意味では理想的なワインが生れることが、少なからずあった。
だったら、それを毎年再現してやろうじゃないかと考えた、一群の醸造家たちがいたのである。
具体的な方法としては、房ごと醸造槽に入れた葡萄を温度コントロール装置で冷やしたり、もっと自然な方法としては、収穫を夜明け前の一番寒い時間帯に一気におこなって、冷え切った葡萄を醸造槽に入れるような工夫をし、発酵の開始を極端に遅らせた上で、徐々に房を突き崩す作業に入るという方法をとったのである。
今では、伝統的な方法をとる醸造家たちは、多かれ少なかれ、この方法を取り入れており、かつてのように、恵まれない年のワインは箸にも棒にもかからない、などということは少なくなっている。(というか、そういう年のワインでも、相当に楽しめるワインが生れ始めている)。
科学によって、伝統の長所が生かされ、短所が克服されつつある、いい例のひとつだと思う。 |
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樽熟成に関する考え方は、ボルドーなど、他の銘醸地と大差はない。
果実からのウマミ成分がギュッと凝縮されている場合には、新樽の比率を高くし、果実の出来がそれほどでもない時には、古樽を多めにして果実香と樽香のバランスをとる、というものだ。
ただし、ブルゴーニュには、ボルドーとは違って、新樽を嫌う醸造家も多い。
彼らの考えでは、新樽の強い香りは、ピノ・ノワールの繊細な果実の香りを押しつぶしてしまうのだという。
そして、そういう主張を行う醸造家の作品に、意外にも素晴らしいものがあるのも、ブルゴーニュのワイン文化の層の厚みというものだろうと思う。
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いずれにせよ、ブルゴーニュは、(そしてピノ・ノワールは)、一筋縄ではいかない葡萄なのである。 |
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サンセール
(ドメーヌ・ラ・プーシー)
フランス・ロワール地方サンセール地区ラ・プーシー畑
サンセール地区は、ふつうソーヴィニヨン・ブラン種からの爽やかで切れのいい白ワインで知られている産地だが、一部、ピノ・ノワールからの赤やロゼもつくっている。この土地特有の色の薄いピノ・ノワールから、色と香りをめいっぱい引き出すために、発酵前に数日間、低温でマセレーションしたり、ロゼワインを絞ったあとの皮や種を発酵中のモロミに加えたりと、涙ぐましい努力を重ねているのだけれど、やっぱり薄いワインにしかならない。本文にも書いたが、ロゼだと思えば、こんなに魅力的なロゼもなく、非常にバランスのとれたエレガントな風味に仕上がっている。 |
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アスマンスホイザー・へレンベルク・シュペートブルグンダー・カビネット・ハルプトロッケン
(国立ワイン醸造所クロスター・エーバーバッハ)
ドイツ・ラインガウ地方アスマンスハウゼン村へレンベルク畑
シュペートブルグンダーは、ピノ・ノワールのドイツ名。この葡萄を100パーセントつかってつくられたハルプトロッケン(やや辛口)の赤ワイン。「カビネット」は、葡萄の糖度を基準に定められた格付けで、「QbA」つまり「産地限定高級ワイン」の一格上のランクである。黒スグリやザクロを思わせる果実香と美しい酸味が特長で、そのままでは多分酸っぱく感じてしまうだろうところを、ほのかに残した甘味が救っている。ほどよい樽香とのバランスもよくとれている。色あいは、濃い目のロゼといったところ。 |
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ポマール レ・リュジアン
(ドメーヌ・ド・クルセル)
フランス・ブルゴーニュ地方ポマール村レ・リュジアン畑 一級
低温マセレーションと伝統醸造法を組み合わせたワインの代表。房をまるごと発酵槽に入れ、発酵前に10日間ほど13度から15度で浸漬、発酵にも2〜3週間かけて、じっくりと成分を抽出している。熟成は新樽30パーセントで15から18ヶ月。甘味さえ感じさせるほどに華やかな果実香と、肉厚で濃密な口当たり、そしてふくよかな優しさを兼ね備えており、良い年のものは、長い熟成の世界も期待できる。 |
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ジュブレ・シャンベルタン コンブ・オー・モワンヌ
(ドメーヌ・ルネ・ルクレール)
フランス・ブルゴーニュ地方ジュブレ・シャンベルタン村コンブ・オー・モワンヌ畑 一級
新樽をほとんど使わない醸造元の代表。満月や新月の時にはオリ引きを行わないなど、自然のリズムに合わせたワインづくりがポリシーで、新樽を使わないのも、「ワインは葡萄からつくるもので、樽からつくるものではない」という主義主張からだという。このワインを飲むと、なるほど樽香がほとんどなくても、ピノ・ノワールという葡萄は充分に力強く、魅力的になれるのだということが納得できるはずだ。熟成も期待でき、いい年のものは、10年ほどで見事に開花する。 |
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文
山田 健(やまだ たけし)
1955年生まれ。78年東京大学文学部卒。
某洋酒会社が刊行している「世界のワインカタログ」編集長。
86年に就任して以来、世界中の醸造所めぐりをし、
年間2000種類以上のワインを飲みまくる。
著書に「今日からちょっとワイン通」「バラに守られたワイン畑」(共に草思社)
「現代ワインの挑戦者たち」(新潮社)他がある。
辻調おいしいネット「コラム&レシピ」内の『今日は何飲む?』というコラムにて、
「今日は何飲む?」野次馬隊リーダーとして参加。 |